ギリシャで最も有名な建造物の一つ、パルテノン神殿を目指して歩き始めた。アクロポリス周辺は神殿だけでなく、劇場や門、アゴラまで古代の遺構が続いていて、見て回るだけでも一日がかりになった。
最初に着いたのは、アクロポリス南斜面にあるイロド・アティコス音楽堂だった。161年にローマ元老院議員ヘロデス・アッティコスが、亡き妻を偲んで建てた音楽堂で、石造りの観客席は5,000人を収容できたという。円形の劇場は非常に保存状態がよく、近代に修復され、現在もアテネ音楽祭などのコンサートに使われているようだった。客席から舞台を見下ろすと、古代ギリシャの人たちもここで当時としては最高の演奏を楽しんでいたのだろうか、と感慨深くなった。遺跡でありながら現在も使われていることが、この場所を特に印象的にしていた。
イロド・アティコス音楽堂の客席
その少し先にはディオニューソス劇場がある。こちらはイロド・アティコス音楽堂とは対照的に廃墟のような趣で、残された座席の形や舞台周辺から、当時の面影を偲べる程度だった。もとは紀元前6世紀に木造で建てられ、紀元前4世紀に大理石造りへ改修された、西洋演劇発祥の地とされる劇場である。アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスら三大悲劇詩人がここで作品を競い合ったという。ローマ時代には17,000人を収容したとされるが、現在は公演などには使われていない。崩れた石と弧を描く客席を眺めながら、ここで演劇が上演されていた時代を想像した。
パルテノン神殿までは少し上っていく必要がある。中は工事中だったが、青空を背景に立つ神殿は、教科書で見ていたものよりはるかに大きく見えた。紀元前447年、政治家ペリクレスの指導で着工され、建築家イクティノスとカリクラテスが設計し、彫刻家フェイディアスが全体の彫刻を統括した。長さ約69.5m、幅30.9mで、正面に8本、側面に17本のドーリア式の柱が並ぶ。柱の間には足場や工事の設備が見え、完全な姿ではないことは気になったが、それでも規模と存在感は十分だった。かつて内部に安置されていた、高さ約12mの黄金と象牙によるアテナ像、アテナ・パルテノスは現存していない。神殿の前には当時のものと思われる大きな岩も置かれており、柱と並べて見ると遺跡の長い時間を感じられた。
青空のパルテノン神殿
神殿前の大石
パルテノン神殿の北側にあるエレクテイオンは、規模は小さめに見えるが、街を同時に見渡せる場所だった。側面に回ると、6体の女性像が柱のように立っている。これらはカリアティードと呼ばれ、エレクテイオンの南側ポーチを支えている像である。紀元前421〜407年に完成し、設計者はムネシクレスとされる。現在ここに立つ6体はすべてレプリカで、本物のうち5体はアクロポリス博物館、残る1体は19世紀にエルギン卿によって持ち出され、現在は大英博物館にあるという。神話では、この地で女神アテナと海神ポセイドンがアテネの守護神の座を争ったと伝えられている。そこから入口の方を眺めると、プロピュライアと市街地が見え、当時の人たちも同じような景色を見ていたのだろうかと思った。ムネシクレスが設計したプロピュライアは、アクロポリスへの正式な入口となる大理石の門である。間口がそれほど広くないため、観光客が列になって入ってくる様子もよくわかった。
エレクテイオン正面
カリアティードの回廊
エレクテイオンから望む市街
プロピュライアの門
神殿をあとにして高台から見ると、木々の緑、白い建物が広がる町、遠くの山が一つの景色に収まり、そのコントラストが美しかった。アクロポリスの遺跡だけを見ていると古代の場所にいる感覚が強いが、視線を少し下げれば現代のアテネが広がっている。遺跡と都市が隣り合っていることも、この散策の面白さだった。
アテネ市街と山並み
その後は北上し、ローマン・アゴラに向かった。ここでは風の塔やアテナ・アルケゲテス門を見ることができた。原型がほとんど残っていないものもあり、遺構としては物足りなく感じる部分もあったが、それでも紀元前1世紀もの昔のものが現存しているという事実は大きい。風の塔は紀元前50年頃、異説では前2世紀に天文学者アンドロニコスが建てたとされる、高さ約12〜13.5mの大理石造りの八角形の塔である。風向計、日時計、水時計の三つの機能を兼ね備えていたという。近くのアテナ・アルケゲテス門は、紀元前11年にユリウス・カエサルとアウグストゥスの寄進で建てられたドーリア式4本柱の門で、ローマン・アゴラ西側の正門にあたる。
風の塔の石造外壁
ローマン・アゴラの柱列
アテナ・アルケゲテス門の遺構
さらに西へ歩き、アテナイのアゴラへ向かった。途中には一定の間隔で台座に立った銅像などが並んでおり、遺跡の中を歩く道に古代の彫像が点在しているような見え方だった。奥まで進むと、鍛冶の神ヘファイストスを祀るヘファイストス神殿、別名テセイオンがある。紀元前449〜415年頃に建造されたもので、アクロポリスにあった神殿と比べると少し小さめだが、また違う良さがあった。7世紀から1834年までギリシャ正教会として使われていたため保存状態が非常によく、現存するドーリア式神殿の中でも最も原形をとどめているとされる。列柱と屋根の形がよく残り、周囲の低い緑越しに見る姿には、パルテノン神殿とは異なる落ち着きがあった。
アゴラの彫像列
ヘファイストス神殿
アゴラではアッタロスの柱廊で一休みしながら、古代の銅像などを鑑賞した。ペルガモン王アッタロス2世が、アテナイで学んだ恩義から建てたとされる柱廊は現在復元され、古代アゴラ博物館として使われている。長く続く列柱の下は日差しを避けられ、歩き続けた途中で休むのにちょうどよかった。展示されていた像の中には、頭部が失われ、衣服や装飾だけが残るものもあり、細部の傷みから時間の経過が伝わってきた。敷地内をさらに進み、聖使徒聖堂の方まで見て回った。10世紀に建てられたビザンチン様式の教会で、古代アゴラに現存する唯一の建物とされる。古代ギリシャの柱や神殿とは違う、煉瓦と石を組み合わせた外観が周囲で目を引いていた。遺跡の陰で猫が休んでいたのは、長い散策の中で少し気持ちが和らぐ場面だった。
アッタロスの柱廊
古代衣装の石像
聖使徒聖堂の外観
遺跡陰の休息猫
遺跡周辺の散策を終えた後は、Kotzia Squareへ向かった。広場には噴水があり、周囲には多くの鳩が集まっていた。近くのカフェでラフマジュンとサラダとギロを注文し、この日は2万歩以上歩いていたため、かなりお腹が減っていて、たくさん食べたい気分だった。歩き回った最後に食事を取ることで、古代の劇場から神殿、アゴラまで見てきた一日がようやく一区切りついた。
Kotzia Squareの噴水広場
ラフマジュンとギロの食卓
歴史的に非常に重要な建造物を一度に見て回れるため、長距離を歩ける人や古代史に関心のある人には、時間をかけて訪れたい散策コースだと思う。