ペトラ遺跡からヨルダン最南端のアカバへ移動した。アンマンなど他の歴史ある都市と比べると、紅海があるためか街全体に開放感があり、リゾート地としてまとまりのある印象だった。市内中心部のビーチ周辺に店が集まり、少し離れると選択肢は減るものの、リーズナブルに大体のものが揃う街だった。
到着後のランチはMazzat Snakで購入した。ボックスには切り分けられたシャワルマとフライドポテトが入っており、野菜なども添えられていた。値段がリーズナブルなうえ、肉だけでなく野菜も一緒に食べられたのがうれしかった。滞在中はシャワルマを食べる機会が続いたが、手軽に済ませたいときには使いやすい店だった。

ホテル近くのMerhabaショッピングセンターは広めで、必要なものは大体何でも揃っていた。外観は複数階の建物で、入口前には車が多く停まっていた。観光地らしい特別な場所というより、滞在中の買い物を済ませるための実用的な施設で、近くにあると便利だと感じた。

King Abdullah Gardenは、ホテルからビーチへ向かう途中にある細長い公園だった。滞在中は何度もこの公園を通って散歩した。主要地点を結ぶ道が歩きやすい公園として整備されていると、暑い街の中でも移動の負担が少なく助かる。ヤシの木が並び、浅い水面や噴水も設けられていて、周囲の山々と合わせて南国のリゾートらしい雰囲気があった。

Tunisian Hammamet Gardensも歩いて通りやすい公園で、大きめのラウンドアバウト同士をつなぐように整備されていた。街中の道路をただ歩くのではなく、緑や水のある空間を経由して移動できるのがよかった。青い門のような壁の中央には噴水があり、壁面を流れる水と青い色が印象に残っている。公園として大きな見どころがあるというより、中心部を歩く途中に景色の変化を与えてくれる場所だった。

Al-Ghandour Beach近くの通りに着くと、ヤシの木が生い茂り、海沿いにはボートが置かれ、歩きやすい遊歩道も続いていた。海辺のすぐそばを歩けるため、街中にいながらリゾート地らしさを感じやすい。何より印象に残ったのは紅海の色で、地域によって海の色はさまざまだと思うが、これまで見た海の中でも特に濃い青色だったように思う。夕暮れ時には海辺の国旗が夕焼けを背に並び、ヤシの木の影と水面の光が重なっていた。


1917年のアラブ反乱では、第一次世界大戦中にT・E・ロレンス、いわゆるロレンス・オブ・アラビアとアラブ軍がラクダによる奇襲を行い、この要塞を陥落させた。その結果、オスマン軍は紅海沿岸から締め出された。要塞のすぐ隣にはアラブ反乱の旗を掲げる記念のポールも立っている。内部には石壁やアーチ、紋章のような装飾が残り、海沿いの街にある小規模な遺構ながら、交易と巡礼、戦争の歴史が重なった場所だった。

帰り際には、モスクのミニチュア版のようなものも見かけた。細部まで再現された建物というより、子供たちにはよい題材になりそうな小さな建造物に見えた。要塞の重い石造りとは違う、街中の親しみやすい風景として目に留まった。

夕食はTatbileh Restaurantでハンバーガーを注文した。最近はシャワルマばかり食べていたので、牛肉の味が濃いバーガーがおいしく感じられた。食後、すっかり夜になった街を歩くと、通りには丸い電灯がいくつも吊り下げられていた。店の明かりや車の往来も加わり、昼間とは違う賑わいがあった。ヨルダンでは、この通りのようにさまざまな形の電灯を吊り下げている場所が多いように思う。


South Beachへ
翌日は中心部から少し離れたSouth Beachへ、タクシーで向かった。運転手はかなり適当で、途中で弟もついでに乗せていいかと聞いてきたうえ、最初に交渉した金額より少し高い金額を後から要求してきた。面倒ではあったが、適当に受け流して目的地に到着した。中心部の海よりはるかに人が少なく、砂浜にはパラソルや簡素な日よけが並んでいた。海も一層きれいに見え、実際に泳いでいて楽しかった。
アジア人が珍しかったのか、現地の子供に遊んでほしいと言われ、少しだけ付き合った。広々としたビーチと海の感触を存分に楽しめたのがよかった。夕方になると、南側には人の少ない砂浜と穏やかな海の眺めが広がっていた。市内から離れる分、店などの選択肢は少なくなるが、静かに海を楽しむなら中心部より向いていると思う。

