ベイルートからバスで2時間程度、標高約1150mのバールベックへ向かった。遺跡だけでなく、到着してから周辺の店や景色も含めて、古代の建物を歩いて見て回る一日になった。
到着した付近は坂が多い印象で、ちょうど昼時だったため、遺跡に入る前に近くのパン屋へ立ち寄った。注文して待っている間、ここに来るアジア人は珍しいのか、他の観光客から物珍しそうに声をかけられた。出来立てのピザは生地がふんわりとしていておいしく、遺跡を歩く前にちょうどよくお腹が満たされた。店先の席からは道路を行き交う車や周辺の建物も見え、観光地に着いたばかりの街の空気を感じられた。

坂を上っていくと、Propylaeaの柱と入口が見えてきた。ここがバールベックの遺跡の入口で、階段の上に古い石柱と壁面が残っている。プロピュライア(前庭門)は遺跡への儀礼的な玄関口で、この先には六角形の前庭、さらに大列柱廊に囲まれた大中庭が続いていたという。大列柱廊には、アスワンから運ばれた花崗岩の柱84本が並んでいたとされる。現在は失われた部分も多いが、入口に立っただけでも、ここが大規模な宗教施設だったことが想像できた。

さらに進んで小さな門をくぐると、2000年もの歴史がある遺構の風景が広がった。石造りの門の向こうに、崩れた壁や柱、地面に置かれた大きながれきが続いている。門そのものも周囲の石と一体化していて、過去の建物の内部を歩いているような感覚があった。

遺跡の内部には、広い場所に大量の石材が残っている区画もあった。かつての建物の形をそのまま保っているわけではないが、柱の断片や壁の一部がまとまって残り、失われた規模を考えながら歩ける。晴れた空の下で石の色がはっきり見え、遺跡全体の広さも実感しやすかった。

岩で作られた回廊を進むと、頭上の天井や壁に施された装飾が目に入った。単に大きな石を積んだだけではなく、細部まで意匠を凝らしていたことが分かる。石の表面は長い年月で粗い質感になっているが、当時の装飾は今も読み取れる部分が多く、古さと保存状態の両方を感じた。

回廊の先には、装飾された石材や柱の一部が残されていた。花や幾何学的な模様が連続して刻まれた石は、崩れた遺構の中でも目を引く存在だった。建物が使われていた時代の華やかさを、残された断片から連想できる場所だった。

標高が高いこともあり、遺跡からは周囲を広く見渡せた。木々の向こうには遠く雪の積もった山が連なり、石造建築の遺跡と美しい自然が同時に視界に入る。ベイルートより涼しく感じられ、歩き回っていても比較的過ごしやすかった。

バッカス神殿とユピテル神殿
バールベックの最大の目玉の一つが、バッカス神殿だった。2世紀ごろに作られた神殿で、高さ約31m、規模は66m×35m。2世紀後半から3世紀初頭にかけて完成したとされ、世界で最も保存状態の良いローマ神殿の一つだという。青空の下に並ぶ巨大な柱と壁面は圧倒的で、遺跡の中でも特に建物としての姿が残っていた。バッカスにまつわる彫刻が施された記念碑的な門も特徴とされている。

神殿の中に入ると、歴史のあるモザイク画が残っていた。柱や壁の装飾を近くで見ることができ、奥側にも柱がしっかり残っている。外観の大きさだけでなく、内部の構造や装飾からも、ここが実際に神殿として機能していたことが伝わってきた。

奥の空間には大きな階段や柱、壁面が続き、光の当たり方によって石の色合いも変わって見えた。正面から見たときの壮大さとは違い、内部では装飾の細かさや、長い時間を経ても残る構造の厚みに目が向いた。

そこから北上すると、すぐ近くに巨大な列柱を持つユピテル神殿がある。私が訪れたときは工事中で、残念ながら柱をしっかり見ることはできなかった。ただし、ユピテル神殿の大基壇の地下にある地下回廊は展示スペースになっており、こちらは興味深い出土品が充実していた。

展示されていたのはライオンの石像や、鳥のような頭を持った二足歩行の石像などで、屋外の巨大建築とは異なる面白さがあった。暗い石造りの空間に置かれた像は、遺跡から出土したものを間近で見る機会になった。

保存状態のいい石棺も並んでいた。地下回廊の壁やアーチに囲まれた展示空間で、石棺の大きさや装飾を落ち着いて見ることができた。ユピテル神殿そのものを十分に見られなかった点は気になったが、地下展示まで含めると見応えはあった。

バールベック全体として、遥か昔の建物の遺跡にもかかわらず保存状態が良いものが多く、昔どういったものが信仰され、どのような建物が存在したのかを連想できる場所だった。遺跡を出ると、装飾布をまとったラクダたちが仲良く休んでいて、最後に少し気持ちが和んだ。レバノンに来たら、歴史遺産をじっくり歩きたい人にはほぼ必須の観光スポットだと思う。
