かねてから行きたいと思っていたパレスチナ自治区のベツレヘムを訪れた。エルサレムの南約10km、ヨルダン川西岸地区にある都市で、ダマスカス門前のバスターミナルから231番バスに乗れば直接向かうことができる。数百円程度で市内まで行けたので、思っていたよりも気軽な移動だった。
到着したラウンドアバウトの中央には、月と星を組み合わせたオブジェがあり、エルサレムとは異なるアラブの雰囲気を感じた。観光客が多いからか交通量はそれなりにあったが、細い路地に入るとひっそりとしていて、石造りの建物に囲まれた綺麗な通りを歩くことができた。昼食時にはShawerma Abu Noorでシャワルマを注文した。中東ならどこに行っても見かける料理だが、ベツレヘムでもやはり外せなかった。
月と星のラウンドアバウト
シャワルマの昼食
市内を歩いていると、Bethlehem city centerという建物があり、内部にはKFCも入っていた。こうした場所にも世界的なチェーン店が進出しているのかと、少し意外に思った。一方で、建物を離れると石壁の細い路地や古い街並みが続き、賑やかな大通りと静かな生活空間が近い距離にある。ベツレヘムの観光地として整えられた面と、日常の町らしさの両方を見ることができた。
石造りの細い路地
ベツレヘム市中心部
最初に向かったのは降誕教会である。少し歩いたところに「イエス生誕の地」と記された石板があり、この場所がキリスト教にとってどれほど重要なのかを改めて意識した。降誕教会は、4世紀前半にローマ皇帝コンスタンティヌス1世の母・聖ヘレナが巡礼したことを機に、イエスの生誕地とされる洞窟の上に建てられたのが始まりとされる。6世紀のサマリア人反乱で損傷した後、東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世によって再建され、現在の姿の基礎が築かれた。現存する世界最古級の教会の一つで、2012年には「イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路」としてユネスコの世界遺産、危機遺産に登録されている。
生誕地の案内石板
内部は煌びやかで、赤や金色のランプがいくつも吊り下げられていた。木組みの屋根や壁面の装飾、大小のシャンデリアが重なり、照明が壁画や聖像を照らす様子には神秘的な印象があった。教会はローマ・カトリック、ギリシャ正教、アルメニア使徒教会の3宗派による区分所有で、宗派ごとの装飾の違いも見て取れる。入り口が低く狭いのは、侵入者が馬に乗ったまま入れないようにするためだとされる。
教会内の大シャンデリア
降誕教会の内部装飾
降誕の洞窟では、祭壇の中央にイエスが生まれたとされる地点を示すベツレヘムの星があった。床には14の角を持つ銀の星がはめ込まれているという。暗い洞窟の中で、ランプの光や装飾が周囲の岩肌を浮かび上がらせており、教会の大きな空間とは違う、閉じた場所ならではの静けさがあった。
降誕の洞窟の星
祭壇前の聖像装飾
降誕教会のすぐそばには聖カタリナ教会がある。柱の上に立つ聖ヒエロニムスと、屋根の上に立つ聖カタリナの構図が面白く、よく見ると聖ヒエロニムスの足元には頭蓋骨が置かれていた。これは「死を忘れるな」を意味するmemento moriという修道的な思想と結びついているらしい。聖ヒエロニムスは4世紀の神学者で、ラテン語訳聖書であるウルガタの翻訳者として知られる。伝承では、翻訳に協力したローマの婦人パウラの頭蓋骨を、彼女の死後もそばに置いて作業を続けたとされ、この像もその逸話に由来するという。
聖カタリナ教会外観
教会の近くには、エルサレム、降誕教会、聖母マリアの乳洞を示したモザイク画もあった。地図の中に巡礼の道筋が表されており、周辺の聖地が一つのつながりとして意識されていることが分かる。
聖地を示すモザイク
次に訪れたのが聖母マリアの乳洞、Milk Grotto Churchである。入口には「Mother of God pray for us」と記されていた。内部にはマリアが授乳している彫像や、幼いころのイエスを表した降誕・聖母関連の宗教作品があり、降誕教会とはまた違う独特の雰囲気があった。教会自体は新しく、外観は青空によく映えていた。
内部はとてもシンプルで、白く柔らかな色調が女性的な印象を与える。5世紀頃のビザンチン教会跡地に建てられたカトリックの礼拝堂で、現在の建物は1872年建立とされる。ヘロデ王の兵士から逃れる際、聖母マリアが幼子イエスに授乳し、こぼれた母乳が岩を白く染めたという伝説に由来する場所で、子宝を願う人々が世界中から訪れるという。小さな洞窟の岩肌と祭壇を眺めながら、伝説が信仰の形として今も残っていることを感じた。
乳洞内の祭壇
白い礼拝堂内部
教会を出た後は少し高台へ向かい、ベツレヘムの町を眺めた。町全体は観光地ということもあり、かなり整えられているように思う。帰りのバスでは、エルサレムに住んでいるというユダヤ教の日本人に出会い、キリスト教や宗教について少し話をした。私は特に信仰しているものはないと答えたが、日本人であってもユダヤ教を信仰するなら、日本よりエルサレムの方が信仰を実践する環境として適しているのだろうと思った。宗教観は時を経て変わるものだが、自分の信じるものを追い求めてこの地にたどり着いた人がいることは印象に残った。
高台から見るベツレヘム
ベツレヘムの街角
パレスチナと聞いて身構える人もいるかもしれないが、エルサレムからバスで数十分、数百円程度で訪ねられ、重要な歴史の一部にも触れられる場所だったので、今回は行って良かったと思う。