ブカレストでの旅を終え、ルーマニアでも観光名所が多い都市として名高いブラショフを訪れた。駅に到着した時から、バス網がしっかりと整備されており、駅前に綺麗なバスステーションが完備されている点に公共交通機関の利便性の高さを感じ、良い印象を抱いた。
グラフト稜堡
町の全景を捉えるため、旧市街の眺望が優れているとされる白い塔を目指して歩き始めた。道中、1515〜1521年に建設され、白い塔と市街の防衛部隊を繋ぐ橋の役割を果たしていたというグラフト稜堡の門を見かけた。緑に覆われたアーチをくぐる石畳の道が、その近くを流れるグラフト川の水面は非常に透き通っており、静かな街の空気と調和していた。
この稜堡は当時、皮革馬具ギルドが防衛を担当していたそうで、壁の厚みは基部で約4mにも及ぶという。稜堡の先には白い塔へと続く急な階段状の橋が架けられており、有事の際には橋を跳ね上げて敵の侵入を防ぐ仕組みだったとのことだった。2005年に改修され、現在はブラショフ歴史博物館の分館として武具や資料を展示しているそうだ。

白い塔
白い塔までは、やや急な階段を上っていく必要がある。塔にたどり着いたとき、その重厚な迫力と、そこから見下ろす旧市街の赤茶色の屋根が連なる風景を前にして、登りの疲れもどこかへ消えてしまった。1460年から1494年にかけて建設されたこの塔は、市街から30m上に立ち、直径約19mの円形をした5階建ての防御施設で、現在は市街を一望できる展望スポットとして優れた場所である。


黒い塔
白い塔からさらに南下すると黒い塔が現れる。ここには白い塔と対をなす防御塔としての歴史があり、1559年に落雷による火災で石材が煤けたことが名前の由来となっている。こちらの方が市街地に位置が近く、塔の上からは個々の住宅の屋根の形や路地の様子をより詳細に観察することができた。そこから広がるブラショフの街並みには、重厚な教会が中央で存在感を放っているのが見える。


タンパ山
そのまま南へと散歩を続けると、ブラショフのシンボルであるタンパ山方面へ差し掛かる。標高940mのこの山には、かつてヴラド・ツェペシュ(串刺し公)がブラショフを攻めた1459〜60年、山頂に築かれていた要塞が破壊され、税を拒んだ商人40人が串刺しにされたという物騒な伝承も残る。1971年にロープウェイが設置されて以降、山頂には巨大な「BRASOV」の看板が掲げられ「東欧のハリウッド」とも呼ばれているそうだ。山の麓を歩くと、観光客やロープウェイを利用する人々、さらには修学旅行中の学生たちでかなりの賑わいを見せていた。今回は時間の都合で登山は叶わなかったが、山の入り口にある階段とそこへ続く門からは、眼下の市街地が見事に俯瞰でき、歩を進めるごとにブラショフの景観に引き込まれた。

Faculty of Forestry・黒教会
西側へ向かうと、キャサリンの門の先で鮮やかな装飾が印象的なFaculty of Forestryの建物と出くわした。緑豊かな庭園を構える大学の校舎で、その風格ある佇まいに多くの観光客が熱心にカメラを向けていた。
この建物のすぐそばにあるキャサリンの門は、1559年に仕立て屋ギルドによって建てられた、旧市街に現存する唯一のオリジナルの市門なのだという。かつては現在よりも大きな構造物だったが1827年に一部が取り壊されたそうで、当時の全体像は近くの織物ギルド稜堡にある模型で見ることができるらしい。歴史的な城門と、緑豊かな学舎の対比が印象的な一角だった。

そのすぐそばには、ブラショフを象徴する黒教会が建っている。1383年に着工され、1477年に完成したこの教会はルーマニア最大級のゴシック様式建築で、全長89m・高さ65mの巨体を誇る。1689年の大火で外壁が煤に覆われたことにその名が由来し、教会の一角には当時の焼け跡があえて修復されず残されているという。内部は豪華絢爛といった華美な装いではなく、質実剛健という言葉がぴったりの重厚な作りだった。特に、オスマン帝国時代にザクセン人商人らが寄進したという、トルコ国外では最大規模とされるタペストリーのコレクションが静かに展示されているのが印象深い。

市庁舎
最後に、スファトゥルイ広場へと向かった。この広場の中心に立つ市庁舎は、1420年に毛皮商人ギルドの倉庫の上に評議の間を設けたのが始まりとされる15世紀築の歴史的な建物で、現在は歴史博物館として活用されている。17世紀初頭からは時計塔からラッパ吹きが時を告げていたことから「ラッパ吹きの塔」の愛称もあるという。広場には多くの人々が集まり、賑やかな活気がある。広々と開けた空間の向こうには、精巧な装飾が施された高い塔が青空に映えていた。
この建物の起源は1420年、毛皮ギルドが所有していた保管庫の上に「裁きの間」を設けることをバルサ地方議会と合意したことに遡るという。1階部分にはゴシック、上階にはルネサンスからバロックまで複数の時代の増改築が重なっており、それが建物全体の折衷的な表情を作り出しているそうだ。17世紀初頭からは塔の上で毎正時にラッパ吹きが時を告げる習慣が始まり、それが「ラッパ吹きの塔」という愛称の由来になったのだという。ブラショフは旧市街の北東側に大型ショッピングモールを擁し、発達した交通網とともに利便性の高い都市環境が整っている。歴史の重みと現代の快適さが共存するこの町には、またいつか再訪する機会があるだろうという確信に近い予感を感じながら散策を終えた。

歴史的な建造物と登山、そして現代的な利便性が揃ったブラショフは、古いヨーロッパの街歩きが好きな人にとって非常に満足度の高い都市だった。