2026年7月、ブラチスラバの旧市街を散策した。中世から続く歴史的な街並みと、現代的な施設が同居する独特の空気感を体感するルートを歩いた。
ミハエル門とミハルスカ通り
旅の始まりはミハエル門だった。14世紀に建てられた、旧市街の城壁で唯一現存する中世の門で、緑青色の玉ねぎ型銅屋根を戴いた塔は高さ約51mにもなる。石畳の狭い通りの奥にすらりと伸びる尖塔が見え、ここをくぐるとカフェや土産物店が並ぶ賑やかなミハルスカ通りへと繋がっている。
ちなみに門の真下の地面には金色の円盤が埋め込まれており、これがブラチスラバから世界29都市までの距離を測る起点「キロメートル・ゼロ」なのだという。塔の内部は武器博物館になっており、地下から最上階まで中世からの武具が展示されているそうだ。また「門の下を通るときに話すと結婚できなくなる」という言い伝えもあるらしく、そんな話を聞くと少し足取りが慎重になった。

聖マルティン大聖堂
門を抜け、続いて聖マルティン大聖堂へ向かった。14〜15世紀のゴシック様式で建てられたブラチスラバ最大の教会で、オスマン帝国にブダを奪われていた1563年から1830年まで、ハンガリー王国の戴冠式教会として使われた。マリア・テレジアを含む11人の王と8人の王妃がここで戴冠したという。尖塔の先端には十字架ではなく、約150kgの金色のハンガリー王冠のレプリカが載せられている点が印象に残った。曇り空に赤茶色の屋根と灰色の石壁がよく映えていた。
戴冠式の当日、新国王はまずミハエル門から市内へ入り、この大聖堂で戴冠したのち、旧市庁舎前の広場で民衆に向けて剣を4方向に振るう儀式を行っていたという。そんな歴史を思い浮かべながら眺めると、静かに佇む石造りの大聖堂にも、かつての華やかな式典の記憶が宿っているように感じられた。

青の教会
その後、旧市街中心から東へ徒歩10分ほどの住宅街の中に佇む青の教会(聖アルジュベタ教会)へ向かった。20世紀初頭のハンガリー分離派(アール・ヌーヴォー)建築で、レヒネル・エデンの設計によるもの。外壁から内装まで淡いパステルブルーで統一された姿から「マジパンの教会」とも呼ばれるという。木々に囲まれた小さな教会だが、青空を背景にした水色の外壁は一際目を引き、内部も祭壇からアーチ天井まで同系色の青で統一され、非常にすがすがしい空間だった。
この教会が捧げられている聖エルジェーベトは、実はこのブラチスラバ城で育ったハンガリー王女だったという。建築家レヒネル・エデンは「ハンガリー分離派建築の父」とも呼ばれる人物で、隣接する学校の礼拝堂として1909年から4年をかけて建てられたそうだ。屋根瓦にはペーチのジョルナイ工房製の青い釉薬タイルが使われているとのことで、遠くから見ても近くで見ても、隅々まで青一色に統一された徹底ぶりに驚かされた。


Euroveaとドナウ川沿岸
旧市街を離れ、ドナウ川沿いの現代的な大型複合施設Euroveaを見学した。2023年に完成したEurovea Tower(高さ168m)はスロバキア初の超高層ビルで、ガラス張りの近未来的な建物が並ぶ敷地内には特徴的なモニュメントも設置されており、中世の旧市街とは対照的な洗練された雰囲気だった。
このUFO橋こと新橋は1967年から72年にかけて建設された、片側1本の主塔だけで支える非対称の斜張橋としては世界最長級とされる構造だという。橋の上部にある円盤型の展望台は地上85m近くの高さにあり、かつては共産主義時代のレストラン「ビストリツァ」として親しまれていたそうだ。旧市街から一歩足を伸ばすだけで、中世の門から共産主義建築、そして超高層タワーまで、複数の時代を一望できるのはブラチスラバならではの体験だと感じた。

最後はドナウ川沿いを歩いた。旧市街からUFO橋を経てEuroveaへ至る川沿いの散歩ルートは定番だという。川には船が行き交い、散歩道は地元の方々が朗らかに過ごす憩いの場となっていた。橋の下を悠々と流れる川面と、対岸まで続く緑の土手を眺めながら歩く時間は穏やかなものだった。

歴史的な建造物と現代的なエリアが程よく入り混じっており、徒歩中心の街歩きを好む方に適した場所だと感じた。