ルーマニアの最初の都市として、ブカレストを選んだ。トルコのアンタルヤからWizz Airを利用し、2時間強の移動で到着した。久しぶりのEU圏の旅行となる。ブカレストは治安が悪いという話をかつて耳にしていたが、実際に通りを歩いてみるとそうした不安は杞憂に終わり、危険性を感じることは一度もなかった。昼間の街は穏やかで、市民が朗らかに生活を営んでいる様子が印象的だった。
議事堂宮殿
最初に訪問したのは議事堂宮殿である。チャウシェスク政権下で建設されたこの建物は、世界最大級の行政庁舎の一つであり、共産主義時代の巨大建築を象徴している。現在はルーマニア議会が使用しており、その圧倒的な規模と威容からは、当時の権威や歴史的な重みがひしひしと伝わってきた。今回は内部のツアーには参加しなかったが、建物の外側を歩いて回るだけでも、その威容を十分に肌で感じることができた。手前には噴水が設置されており、青空を背景に堂々とした姿を見せている。
この建物は世界で2番目に大きい行政庁舎とされ、地上12階・地下8階、部屋数は1100室を超えるという。1984年から1997年にかけて建設され、設計を率いたのは当時弱冠28歳だったルーマニア人建築家アンカ・ペトレスクだったというから驚きだ。使用された大理石や木材、絨毯などの資材はほぼ全てルーマニア国内産で賄われたとのことで、規模だけでなく徹底した自国調達という点でもこの国の威信をかけたプロジェクトだったことがうかがえる。

Constitution Square
議事堂宮殿の前に広がるConstitution Squareを抜け、北側へ向かうと旧市街へと至る橋がある。ここからはブカレストの市民生活に深く関わるディンボヴィツァ川を眺めることができる。市街地を穏やかに流れるその水面は美しく、都市の喧騒の中で市民の目の保養となっているようだ。川の両岸には整備された護岸が続き、街の風景に溶け込んでいる。
この広場自体、1977年の大地震後にチャウシェスク政権が進めた「シビックセンター」再開発計画の一環として作られたもので、旧市街の5分の1近くが取り壊されて生まれた場所だという。現在は軍事パレードや大規模コンサートの会場としても使われており、かつての威圧的な政治空間から市民の日常的な公共広場へと役割を変えてきた歴史も興味深い。

CEC宮殿・ルーマニア国立歴史博物館
橋を渡って少し歩くと、左手にCEC宮殿、右手にルーマニア国立歴史博物館が見えてくる。CEC宮殿は1900年に建造されたボザール様式の美しい銀行建築で、現在の本館としても知られる。その向かいにあるルーマニア国立歴史博物館は、かつての郵便局の建物を転用したものであり、館内には国が誇る歴史的遺物が数多く収蔵されている。二つの建物は隣り合って建っており、周辺は非常に格式高い雰囲気に満ちている。CEC宮殿の重厚なドーム屋根と、歴史博物館の端正な列柱と窓枠のコントラストから、かつての賑わいが感じられる。
CEC宮殿は1897年から1900年にかけて建てられたボザール様式の建築で、フランス人建築家ポール・ゴットローが設計を手がけ、ルーマニア人建築家イオン・ソコレスクが施工を監督したという。もとはこの地にあった16世紀の修道院跡地に建てられたそうで、着工にはカロル1世夫妻も列席したとのことだった。ガラスと金属で組まれた中央ドームや、商業の神メルクリウスをかたどった彫像が入口を飾っており、こうした細部からも当時の国が西欧への強い憧れを抱いていたことが伝わってきた。


Stavropoleos修道院教会
そこから東へ足を進めると、18世紀初頭に建てられたStavropoleos修道院教会がある。この教会はブランコヴェネスク様式の精緻な装飾が大きな特徴だ。建物はこじんまりとしているが、その細部の仕上げには歴史の厚みが宿っている。外観の美しさはもちろんのこと、内観の装飾も非常に繊細で、細部まで丁寧に作り込まれた空間には心を打たれるものがあった。ブカレストでも屈指の美しい教会という評価にも納得できる。
この教会は1724年、ギリシャ人修道士イオアニキエ・ストラトニケアスによって、自身が営んでいた宿の敷地内に建てられたのが始まりだという。宿の収益で教会を支えるという当時ならではの仕組みだったそうで、彼自身も後にステヴロポリス府主教に選ばれ、この地に葬られたとのことだった。名前の「スタヴロポレオス」もギリシャ語で「十字の街」を意味するといい、館内にはルーマニア国内最大規模とされるビザンツ聖歌の楽譜コレクションも収められているらしい。


St. Anthony’s Church
最後に訪れたのがSt. Anthony’s Churchである。旧市街の一角に建つこの教会は、ブカレストで最も古い教会の一つに数えられている。到着した時には、教会へ入るために大勢の人が列をなしており、その混雑ぶりから場所の歴史的価値の高さが窺い知れた。赤と白のレンガが積み重なった外観は非常に特徴的で、空を仰ぐようにして立つ鐘楼が印象に残った。
この教会は1559年、ワラキア公ミルチャ・チョバヌルによって建てられたブカレスト最古の教会だという。かつてはこの一帯に旧王宮(クルテア・ヴェキエ)が置かれ、2世紀にわたりワラキア公たちの戴冠式もここで執り行われていたとのことだった。何度も火災や地震に見舞われながらも当時の姿をよく保っているとされ、行列ができるほどの人気ぶりにも、その歴史的な重みが表れているように感じた。

ブカレストは散策するたびに新たな発見がある、歩いていて純粋に楽しい街だと感じた。かつて伝え聞いていた治安や財政状況の厳しさは克服され、現在は平和な日常が息づいている。歴史的な建造物と現代的な日常が心地よく共存しており、歴史遺産に興味がある者にとって、街歩き自体が非常に価値のある経験になるだろう。