くさり橋からブダ城の丘を目指して歩き始めた。7月上旬の午前中という時間帯のためか、混雑はそこまで感じられず、静かな雰囲気の中で移動できた。

マーチャーシュ聖堂
最初に訪れたのはマーチャーシュ聖堂だ。13世紀に建てられた700年以上の歴史を持つ聖堂で、15世紀にこの地で二度の結婚式を挙げたマーチャーシュ王にちなんで名付けられたという。1867年にはフランツ・ヨーゼフ1世とエリザベート(シシィ)の戴冠式もここで行われた。荘厳な佇まいに加え、19世紀の修復で葺かれたジョルナイ製の色鮮やかなタイル屋根が特に印象的だった。聖堂の敷地内には石造りの塔が建ち、周囲には歴史を感じさせる重厚な建築が並んでいる。
この教会の起源は11世紀、聖イシュトヴァーン王が最初の礼拝堂を建てたことに遡るというが、モンゴル侵攻後の13世紀にベーラ4世がゴシック様式で再建したのが現在の土台になっているそうだ。19世紀末に大規模な修復を手がけたのは建築家フリジェシュ・シュレック。フランツ・ヨーゼフ1世の戴冠式では、作曲家フランツ・リストが特別に手がけた戴冠ミサ曲が演奏されたというから、この場所が単なる宗教施設を超えた国家的な舞台だったことがうかがえた。


漁夫の砦
聖堂のすぐそばには漁夫の砦がある。ハンガリー建国1000年(895年のマジャル民族定住)を記念し、1895年から1902年にかけて建てられた比較的新しい建造物で、7つの尖塔はハンガリーを築いた7つのマジャル部族を象徴しているという。ここからはドナウ川の対岸に広がるブダペストの街並みを一望できた。眼下に広がる都市の景色は美しく、見飽きることがなかった。
実はこの砦、防御施設としての実戦の役目を担ったことは一度もないそうで、マーチャーシュ聖堂の修復を手がけたのと同じ建築家フリジェシュ・シュレックが、ハンガリー建国千年を祝う記念碑として一から設計したのだという。中央の広場には彫刻家アライヨシュ・シュトロープルによる初代国王聖イシュトヴァーンの騎馬像が立っており、台座には戴冠の場面など王の生涯が浮き彫りで刻まれているそうだ。第二次世界大戦で大きな被害を受けたが、設計者の息子ヤーノシュの手で修復されたという話にも、この場所への強い思い入れを感じた。

ブダ城
その後、さらに南下してブダ城へ向かった。エメラルド色をしたドーム屋根が特徴的で、まさしくブダペストの代表的なスポットという風格があった。敷地内にはサヴォイア公オイゲンの騎馬像が置かれ、観光客で賑わっていた。
この城の起源は13世紀、モンゴル侵攻後にベーラ4世が築いた砦にまで遡るという。15世紀にはマーチャーシュ王がヨーロッパ屈指ともいわれるルネサンス様式の宮殿へと改築し、当代随一の学者や芸術家が集うヨーロッパ有数の文化的中心地だったそうだ。しかし1686年のブダ奪還戦でほぼ全壊し、その後18世紀にバロック様式で再建、さらに第二次世界大戦でも激しい戦火に見舞われ、現在の姿は戦後の再建によるものだという。今ではハンガリー国立美術館やブダペスト歴史博物館が入っており、幾度も破壊と再生を繰り返してきたこの城の歩みそのものが、ハンガリーの複雑な歴史を物語っているように感じられた。

城壁の端には、幼子イエスを抱いた聖母マリアの像が街の方角に向かって立っていた。2013年に彫刻家ラースロー・マティアーシが手掛けた高さ4mのブロンズ像で、伝統的な図像とは一線を画す現代的な表現ゆえ、一見しただけでは聖母像と分かりにくいとも言われているという。その静かに祈るような姿は、周囲の眺望と相まって神秘的な空気を纏っていた。歴史と景色を同時に楽しめる場所であり、ブダペストを訪れる際にはぜひ歩いてみてほしいエリアだ。
