2019年5月、ベイルートからバスで北上し、世界遺産のあるビブロスを訪れた。1時間少しで到着し、古代遺跡だけでなく、整備された街並みや海辺の風景も合わせて歩くことができた。
到着後は、まず近くのカフェでランチにした。レバノンのパンに具材を入れたもので、表面にはゴマが大量にふられていた。香ばしい風味が中の具材とよく合い、移動後の食事として印象に残った。

ビブロスの街中はきれいに整備されていた。白いMonastery of Saint John Marcusは、手入れされた庭園の奥に見えており、石造りの建物と緑の組み合わせが落ち着いていた。木陰のトンネルのような道を進むと、強い日差しを避けながら歩くことができた。途中のお土産物屋では、細長い人形が並んでいるのを眺めた。



その先にあるビブロス城塞は保存状態がよく、入口には橋がかかり、頂上にはレバノン国旗が掲げられていた。城塞は12世紀に十字軍が地元産の石灰岩とローマ時代の遺構の石材を使って築いたもので、周囲には堀が巡らされていたという。かつては中世のビブロス領主であるジェノヴァ系のエンブリアコ家が所有していた。1188年にサラディンがこの地を占領して城壁を破壊したが、1197年に十字軍が奪還して要塞を再建し、1369年にはファマグスタから来たキプロス艦隊の攻撃にも耐えたとされる。こうした経緯を知ってから石積みを見ると、単なる遺跡ではなく、何度も争いをくぐり抜けてきた防衛施設として感じられた。

城塞の上からは、ビブロスの町並みと敷地内の遺構を一望できた。崩れた石材や柱が残る一方、遠くには建物が広がり、古い時代の遺構と現在の生活が同じ視界に入ってくる。内部には出土品の展示もあり、土器や小さな像などを間近に見ることができた。


城塞から海側へ出ると、西には海の遠景が広がり、東には教会や赤い屋根の住宅が見えた。方向によって景色が大きく変わるのが面白かった。内部には石造りのアーチが連なる場所もあり、かつてここで守備などが行われていたことを連想させる。外に出ると青空を背景に城塞の輪郭がはっきり見え、周囲の通路にはさまざまな花が植えられていた。遺構を見た後に花の間を歩くことで、よい気分転換にもなった。





ビブロスではJbeil Marinaにも足を延ばした。ヨットが並ぶ海面の向こうに、レバノン国旗が立つとても小さなお城のようなものが見えた。近くには出土品と思われる白い石像がぽつんと設置されており、海辺の風景の中で少し独特な印象を受けた。さらに北上したBahsa Beachは小さなビーチだったが、狭い場所に人がところせましと遊んでいた。この混雑度では泳ぐのは難しそうだと感じた。



帰りのバスでベイルートに戻った後、モハメド・アル・アミン・モスクにもう一度立ち寄った。前日は内部を見学できなかったためである。内部には大きなシャンデリアがいくつも吊られ、広い絨毯には祈る位置が分かるような区切りが設けられていた。多くの人が礼拝に来ても対応できるように見える空間で、外観だけでは分からない内部のつくりを見ることができた。

翌日以降はベイルート国立博物館を訪れ、古代から1500年代前後を中心とした展示を楽しんだ。石に人物を掘り込んだ彫刻、当時の戦いの様子を刻んだ石板、動物と人間を合わせたような独特の石像など、見どころが多かった。博物館は1919年に集められた出土品を起源とし、1942年に正式開館した。1975〜1990年のレバノン内戦では最前線に位置して建物や収蔵品が大きな被害を受けたが、事前の保護措置によって大半の出土品が守られ、1999年の改装を経て再公開されたという。先史時代からマムルーク朝時代まで約1300点が展示され、初期のフェニキア文字が刻まれたアヒラム王の石棺も知られている。展示品を見ていると、長い歴史が一つの建物に集められていることを実感した。



レバノンでの滞在を終え、空港へ向かう途中には、道路にペリカンがたたずんでいた。思いがけない光景に、少しラッキーな気分になった。空港での最後の晩餐は、ピタパンに肉、野菜、フライドポテトを挟んだレバノン風シャワルマで、お腹いっぱいになった。レバノンは何を食べても美味しい国だったように思う。美しい街並みと歴史ある遺構の両方を見られる場所なので、次回はカディーシャ渓谷やアンジャルも回ってみたい。

