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エルサレム旧市街散策(聖墳墓教会・イスラエル博物館など)

カテゴリ:史跡訪問時期:2019年5月5月の気候: 14.7〜26.8℃ / 降水 12.8mm(雨3.2日)関連スポット:St Etienneザ・ガーデン・トゥーム・エルサレムDamascus Gate聖墳墓教会Coptic Orthodox Patriarchate JerusalemRoom of the Last Supper鶏鳴教会聖ヤコブ大聖堂The Israel Museum, Jerusalem死海写本館
エルサレム旧市街散策(聖墳墓教会・イスラエル博物館など)
金色のモザイクと吊りランプ

この日は、泊まっているホテルから南下し、エルサレム旧市街を歩いてからイスラエル博物館まで向かう、一日中歩きっぱなしの計画を立てた。宗教施設と古代の遺構、博物館を続けて訪ねる行程で、今までの旅の中でも密度が最も高い一日の一つになった。

St Etienne教会

最初に通りかかったのはSt Etienne教会だった。新しくきれいな教会で、滞在中はホテルからの道すがら何度も見かけた。古代から聖ステファノを記念していた場所らしく、現在の建物の新しさと、そこに積み重なる1000年を超える歴史の長さとの落差が興味深い。白い石壁とアーチ窓が並ぶ外観は、周囲の商店や住宅と並んでいても控えめな存在感を放っていた。

石造りの教会外観
石造りの教会外観

ザ・ガーデン・トゥーム・エルサレム

次に向かったザ・ガーデン・トゥーム・エルサレムは、宗派によってはイエスの復活の地と考えられている場所だった。整備された庭園には花々が多く植えられ、石造りの壁や遺構を囲むように緑が広がっていた。庭の一角には、イエスが復活されたとされる空の岩の部屋のような場所があり、内部には粗い石壁と照明に照らされた狭い空間が残っていた。ここはイエスの墓、復活の場所の候補の一つとして、主にプロテスタント系の巡礼者に重要視されているという。近辺に異なる解釈にもとづく場所が存在すること自体が、エルサレムらしい面白さだと思った。

庭園内の石造遺構
庭園内の石造遺構
空の岩の部屋
空の岩の部屋

花壇の中には、この場所が復活の地とされる由来を記した英語の案内板が立てられていた。宗教的な説明文と、明るく手入れされた庭の取り合わせが、この庭園らしい雰囲気をつくっていた。

花壇の復活案内板
花壇の復活案内板

旧市街とDamascus Gate

旧市街へ向かってさらに南下すると、まず目に入ったのがDamascus Gateだった。石造りの大きな門は城壁の一部として重厚に構え、門の下には人の行き交う様子が見えた。門をくぐった後は細い路地を歩き、時には少し高台の方へ上がった。旧市街はもっと雑多としているものを想像していたが、実際には路地や石積みの建物がかなりきれいに整備されていた。途中で喉が渇き、生絞りのオレンジジュースを買って歩き続けた。

城壁のダマスカス門
城壁のダマスカス門

旧市街の路地には、石壁に挟まれた階段状の道も多かった。建物の壁面には室外機や配線、窓の格子など生活の設備も見えていたが、それらも古い石造建築の中に収まっていた。

石壁に挟まれた階段路地
石壁に挟まれた階段路地

少し高台へ出ると、城壁沿いには青と白のイスラエル国旗が連続して掲げられ、道路脇にはピンク色の花も並んでいた。城壁の向こうには樹木と遠くの市街地が広がり、旧市街が周囲から切り離された遺跡ではなく、今も交通や暮らしの中にあることが伝わってきた。

国旗が並ぶ城壁沿い
国旗が並ぶ城壁沿い

聖墳墓教会

しばらく歩くと、石のアーチの上に「HOLY SEPULCHRE」と書かれた案内が見えた。ここが聖墳墓教会の入り口だった。

聖墳墓教会の入口標識
聖墳墓教会の入口標識

外観だけを見ると、石でできた普通の建物のようで、ここが有名な教会だとはすぐに分からない。

聖墳墓教会の石造外観
聖墳墓教会の石造外観

しかし中へ入ると見え方は一変した。金色のモザイクや大量の吊り下げランプが目に入り、内部には外観からは想像できない神々しさがあった。

金色のモザイクと吊りランプ
金色のモザイクと吊りランプ

教会内で最も目を引いたのは、香油を塗られた石だった。十字架から降ろされたイエスの遺体がここに横たえられ、香油や香料を塗られて墓へ運ばれたといわれている石で、多くの人が触れていた。石そのものは長い年月を経た大きな板状のものに見えたが、そこに人々が順番に手を伸ばす様子から、単なる遺構ではなく現在も信仰の対象であることが伝わった。

香油を塗られた石
香油を塗られた石

見上げると、柱やアーチが幾重にも連なり、床にも複雑な幾何学模様が敷き詰められていた。天井近くまで届く高い吹き抜けは、奥行きと高さの両方で圧倒してくるような広がりを持っていた。

聖墳墓教会の大礼拝堂
聖墳墓教会の大礼拝堂

教会の中心中の中心にあるのが、イエスの墓を覆う小さな建造物、エディクラだった。上部から光が差し込み、そこにはイエスの復活を描いた絵が飾られていた。建物そのものは小さく、周囲には人が集まっていたが、差し込む光と絵の組み合わせが神秘的で、聖墳墓教会の中でもひときわ記憶に残る場所だった。

エディクラの光景
エディクラの光景

エディクラの周囲を囲む金属細工や吊り下げられた装飾が、暗い内部にぼんやりと浮かんでいた。順番を待って列をなす巡礼者の姿も、この場所の濃密さを物語っていた。

復活図を掲げた祭壇
復活図を掲げた祭壇

コプト正教会

近くのコプト正教会の礼拝所にも立ち寄った。壁面には十字架降架と埋葬の場面を描いたモザイク壁画が広がり、鮮やかな色使いの人物表現は、これまで見てきたロトンダの荘厳な雰囲気とはまた違う、物語性の強い印象を受けた。天井から下がるシャンデリアの装飾も、この一角ならではのものだった。

金色のシャンデリア
金色のシャンデリア
十字架降架のモザイク壁画
十字架降架のモザイク壁画

聖墳墓教会は、同じ建物の中にギリシャ正教・アルメニア使徒教会・コプト正教・カトリックなど複数の宗派の礼拝空間が重なっており、場所ごとに装飾や雰囲気がこれほど違って見えるのだと気づかされた。ひとつの教会の中でいくつもの信仰の様式を渡り歩くような感覚だった。

最後の晩餐の部屋

その後は南下し、最後の晩餐があった部屋を訪れた。テーブルなど、晩餐にまつわる什器が残っているのかと思っていたが、実際にはそうしたものはなく、装飾の少ない石造りの空間に、オリーブの木をかたどったブロンズ彫刻だけがぽつんと置かれていた。

最後の晩餐室の彫刻
最後の晩餐室の彫刻

鶏鳴教会

さらに南下すると、青い三角形の屋根が特徴的な鶏鳴教会が見えてきた。

鶏鳴教会の外観
鶏鳴教会の外観

近くには、何かを話しているような人々の像があり、その柱の上には鶏の像が立っていた。教会の名称と結びつくモチーフが屋外にも表現されていて、建物へ向かう途中から場所の意味を意識させられた。

鶏像と人物の彫刻
鶏像と人物の彫刻

鶏鳴教会の内部では、十字架を表すステンドグラスが美しかった。色ガラスを通った光が室内に入り、外観の青い屋根とは別の、静かな宗教空間をつくっていた。それ以上に興味深かったのは古代の地下施設である。イエスが拘束されたという伝承と結びつけられている場所で、明るい礼拝堂から地下へ下りると、粗い岩肌の壁に囲まれた独特の雰囲気が漂っていた。

鶏鳴教会のステンドグラス
鶏鳴教会のステンドグラス

階段を下りるにつれて天井が低くなり、足元も狭くなっていく。壁に開けられた小さな穴や溝も見え、単なる岩窟ではなく人の手が加えられた痕跡が随所に残っていた。華やかな礼拝堂とは対照的な、簡素で息苦しいほどの空間そのものが、伝承の重みを伝えているようだった。

地下施設の岩壁空間
地下施設の岩壁空間

聖ヤコブ大聖堂

近辺の施設を一通り見終えた後は北上して戻り、その途中で聖ヤコブ大聖堂に立ち寄った。最初に目に留まったのは、聖ヤコブの殉教を表現した彫刻だった。内部は静かで、白と黒のコントラストが目を引いた。

大聖堂内には大きなシャンデリアや細かな装飾があり、祭壇の前には赤い衣装の人々の姿も見えた。白い天井と壁面に、暗い金属装飾や赤い布地が重なり、静かな空間の中に色と光が集まっていた。

大聖堂内の祭壇装飾
大聖堂内の祭壇装飾

入口付近には、聖母と天使を表現した赤茶色のレリーフも置かれていた。石造りの壁を背景にした彫刻で、文字の刻まれた板や細かな装飾が組み合わされていた。旧市街では、建物だけでなくこうした小さな宗教美術にも立ち止まる場面が多かった。

聖母と天使のレリーフ
聖母と天使のレリーフ

イスラエル博物館

その後はバスでイスラエル博物館へ移動した。館内撮影はできなかったが、古来の数多くの展示物を見ることができ、歩き続けた一日の終盤でも十分な充実感があった。中でも記憶に残ったものは三つある。一つ目は、第二神殿時代のエルサレムを1/50スケールで再現した大型模型だった。紀元70年に破壊される前の街の様子が精密に再現されており、旧市街を実際に歩いた後に見ると、現在の石造建築と過去の都市の姿を重ねて考えやすかった。

この模型は、もともと実業家ハンス・クロッホが早逝した息子を偲んで、ホーリーランド・ホテルの敷地内に作らせたものだという。2006年にイスラエル博物館へ移設されたという経緯も含め、単なる展示模型ではなく、個人の記憶と都市史が結びついた展示として興味深かった。二つ目はナハル・ミシュマルの秘宝で、死海近郊の洞窟から見つかった、銅器時代、紀元前4千年紀の銅製祭具の一括出土品だった。三つ目はビリー・ローズ・アート・ガーデンである。

ビリー・ローズ・アート・ガーデンは、彫刻家イサム・ノグチが設計した屋外彫刻庭園で、ロダン、ピカソ、ヘンリー・ムーアらの作品が展示されていた。古代の遺物を見た後に近代以降の彫刻へ移ることで、イスラエル博物館では歴史を一つの時代に限定せず、幅広い時間軸で眺められるように感じた。

死海写本館

最後には、水差しの蓋をイメージしたデザインの死海写本館、Shrine of the Bookに立ち寄った。ここも館内撮影はできなかったが、夕暮れ時に建物の外観を見ることができた。白いドーム状の建物に水を噴き上げるような線が重なり、旧市街で見てきた石造建築とは全く異なる表情を見せていた。

夕暮れの死海写本館
夕暮れの死海写本館

死海写本館は、1947年に羊飼いの少年ムハンマド・エッ・ディープが、死海北西岸のクムラン近郊にある洞窟で死海文書を偶然発見したことに端を発する施設である。その後1956年までに全11の洞窟から計972点の写本群が見つかり、紀元前3世紀から西暦1世紀の間に書かれたものとされている。「20世紀最大の考古学的発見」とも呼ばれるこの文書群の中でも、イザヤ書全巻を含む革の巻物は、当時知られていた最古のヘブライ語聖書写本よりおよそ1000年古い。聖書本文が驚くほど正確に伝承されてきたことを裏付ける発見になったという。

死海文書は当初、東エルサレムのロックフェラー博物館、旧パレスチナ考古学博物館に収蔵されていたが、1967年の第三次中東戦争後にイスラエルが回収し、イスラエル博物館内に新設されたこの施設へ移送・展示されている。建物は建築家フレデリック・キースラーとアルマンド・バルトスの設計で、1965年に公開された。死海文書に加えて、現存する最古の完全に近いヘブライ語聖書写本とされるアレッポ・コーデックスもここに保管されているという。旧市街で宗教の現在に触れ、博物館でその背景にある古代の資料を見たことで、最後まで密度の高い一日になった。

エルサレムは、宗教や歴史を現地の建物と展示物の両方からじっくりたどりたい人に向いており、長時間歩くことを前提にすれば、古来からの重なりに圧倒される街だと思う。

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