静岡県の伊豆というと熱海周辺を思い浮かべることが多く、私自身も熱海の温泉付近には何度も行っていた。一方で、反対側に位置する西伊豆は訪れたことがなかったため、2021年8月、車に自転車を載せて松崎町と西伊豆町を走る旅に出た。
夕方ごろ松崎町に到着し、最初に海浜荘へチェックインした。かなり年季の入った旅館で、設備の新しさとは別の、昔ながらの落ち着きがある。ここで印象に残ったのは夕食で、海の幸を中心にさまざまなおかずが並び、一人分とは思えないほどの量だった。料理はもちろん、魚などの素材も新鮮に感じられ、ご飯のお米自体もおいしかったように思う。翌日から自転車で長い距離を走る予定だったので、体力をつけておこうとご飯をお替りした。旅の始まりにしっかり食事を取れたことは、サイクリングに向けた準備としてもよかった。

翌朝は早く起き、自転車で北上した。途中にあった外部苑地は小さな公園で、海を背景に自転車を置いて撮影できる場所だった。植え込みの向こうに海が見え、松の木や案内板もあり、走り始めの休憩を兼ねて立ち寄るにはちょうどよい。大きな観光施設ではないが、海沿いを自転車で移動していることが伝わる景色で、旅の記録を残す場所として印象に残った。

さらに北上すると西伊豆町に入り、堂ヶ島公園が見えてきた。公園の沖合には、伝兵衛島・中ノ島・沖ノ瀬島・高島の四島からなる三四郎島が浮かんでいる。干潮時には手前の伝兵衛島まで陸続きになるトンボロ現象が見られ、波が運んだ砂利が帯状に堆積して現れるこの現象は、静岡県指定天然記念物になっている。全国的にも珍しいものだという。実際にこの日は砂州によって島同士がつながっているのを確認できた。
公園内からは、岩礁に囲まれた入り江を見渡せる。遊覧船が停まっている船着き場や、海面に浮かぶ島の岩肌を眺めていると、堂ヶ島が単なる海岸ではなく、岩の形と海の動きが一体になった場所だと感じた。公園の奥へ進むと、遊覧船が岩と岩の間を通り抜けていく姿も見えた。入り江の静かな水面と、外海に面した岩場の荒々しさが近い距離で変化していくため、散策していて見飽きなかった。



堂ヶ島の近くにある天窓洞にも足を運んだ。天窓洞は波の浸食によってできた海蝕洞で、洞窟の上部が崩落して天井に穴が開き、そこから日光が差し込むことで水面がエメラルドブルーに輝く。国指定天然記念物でもある。実際に洞窟の中を通る遊覧船を見かけ、上からのぞくと、緑に覆われた地面の下に暗い洞窟と水面が口を開けていた。外から見る海の明るさとは対照的で、自然の浸食が作った空間の大きさを感じられた。

堂ヶ島の散策を終え、自転車で少し北上すると、左手につば沢海岸が見えた。小さなプライベートビーチのような規模で、海は透き通って見える。私は立ち寄って泳いだわけではないが、シュノーケリングなどに適しているのではないかと思った。大きな施設や案内が目立つ場所ではなく、道路沿いから見える小さな入り江として、堂ヶ島とはまた違った静けさがあった。

その後は松崎町方面へ戻り、厳島神社の周辺を訪れた。神社は松崎海岸の北側に突き出した高さ30メートル余りの巨鯛島に鎮座し、祭神は市杵島姫命、いわゆる弁財天である。創建年代は定かではないが、『豆州志稿』には大永5年、1525年の札の記録が残り、海事従事者から厚く信仰されてきたという。海岸から岩場へ続く遊歩道のような道を反時計回りに歩くと、波が岩に打ち立てる音と動きが近く、迫力があった。

周囲には大きな猪岩や、白い石柱のように見えるものがあり、岩の造形を見ながら先へ進める。さらに奥へ行くと、厳島神社の小さな鳥居があった。森の中に赤い鳥居と階段が続いており、観光地として整然とまとめられた場所というより、岩場と社がそのまま残っている印象だった。岩の下に空間を作るような大きな塊もあり、海岸の自然と信仰の場所が隣り合っている。




この日は海浜荘に戻り、前日と同じくおいしい食事を取って就寝した。翌朝は早くから自転車で石部の棚田へ向かった。景色のよい海岸線を走った後、棚田に向かって登っていく。坂は少し急だったが、距離的には大したことがなく、思っていたより早く目的地に到着できた。
石部の棚田は標高120〜250メートルに広がる、約370枚、4.2ヘクタールの石積みの棚田である。東日本では珍しい形式で、文政年間、1820年代の記録には山津波で崩壊したことが記されている。平成11年、1999年には9割が耕作放棄されていたが、翌年から地域住民による復田活動が始まり、現在の姿になった。2017年には環境省の「富士山がある風景100選」に選ばれ、「日本で最も美しい村」連合にも加盟している。
展望台から見る棚田は、近い場所の鮮やかな緑から奥の山々、街の風景、さらにその先の海までが連続していた。稲の色にも濃淡があり、山の斜面に沿って広がる田が一枚の景色を作っている。谷の先に海が見えるため、山間の棚田でありながら閉じた感じがなく、海岸線を走ってきた旅の流れもつながっていた。

間近で見ると、石を積み上げて整えられた田の区画がよく分かる。近世に整えられた棚田の中を歩いていると、周囲の緑に囲まれて気持ちが落ち着いた。斜面の上から見下ろすだけでなく、田の間を歩いて高さを変えながら眺められるため、同じ棚田でも印象が少しずつ変わる。自転車で坂を上ってきた疲れはあったが、その分、到着して見た景色に納得感があった。



その先にある岩地海水浴場は、丘の上から眺めた。山々に囲まれた白い砂浜と透き通った海が入り込み、周囲から少し隠れた秘密のビーチのように見える。写真映えする景色だったが、実際にはキビナゴ漁で知られる漁村であり、松崎町を代表するビーチのひとつでもある。海水浴やシーカヤックを楽しめる場所だという。海岸の近くには山と集落と海がまとまって見え、岩地が漁村と海水浴場の両方の表情を持つことが伝わってきた。
