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ミラノ初訪問(ドゥオーモ・スフォルツェスコ城など)

カテゴリ:街歩き訪問時期:2016年10月10月の気候: 11.8〜19.5℃ / 降水 136.2mm(雨10.2日)関連スポット:ミラノのドゥオーモヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアスフォルツェスコ城Arco della Pace
ミラノ初訪問(ドゥオーモ・スフォルツェスコ城など)
ドゥオーモの外観

私のイタリアの旅はミラノから始まった。ウィーンからの乗り継ぎが便利で、この街を起点にヴェネツィアやフィレンツェ、ローマを回る計画を立てていたためだ。

ミラノのドゥオーモ

まず向かったのは、ミラノのシンボルでもあるドゥオーモだ。1386年に着工され、最終的な完成は1965年という、実に約600年を要したと言われるゴシック様式の大聖堂で、3400体もの彫像と135本の尖塔で埋め尽くされているという。1805年にはナポレオンがこの地でイタリア王として戴冠するにあたり、未完成だった正面ファサードの完成を急がせたという逸話も残る。最も高い尖塔の先端には黄金のマドンナ像「マドンニーナ」が輝いており、その白い建物が放つ壮麗さには圧倒された。無数の尖塔と大理石の外壁は、何度見ても飽きない凄みがある。内部も無数の柱が林立し荘厳で美しく、屋上テラスからの眺望は最高だった。

ドゥオーモの外観
ドゥオーモの外観
大聖堂の内部
大聖堂の内部

Geraterie ODEON

街歩きの最中、歩き疲れた際に寄ったのがODEONのジェラートだった。イタリアで初めて食べるジェラートに心が躍ったが、その期待は決して裏切られることはなかった。この体験以降、イタリア滞在中は1日1回必ずジェラートを食べようと心に決めた。

ジェラート
ジェラート

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア

ドゥオーモのすぐそばには、1865年から1877年にかけて建設されたアーケード型ショッピングギャラリーであるヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアがある。設計者ジュゼッペ・メンゴーニは開業式典の前日、足場から転落し亡くなったという逸話も残る。中央の八角形広間の床には、当時のイタリア王国の首都であったトリノ・フィレンツェ・ローマの紋章がモザイクで描かれ、中でもトリノの牡牛の紋章に踵を乗せて3回転すると幸運が訪れるという言い伝えがあり、多くの観光客がこの一角に列をなしていた。ガラスドームの美しい天井と精緻なモザイク床は圧巻で、社交の中心地らしい華やぎがあった。モール自体が非常に豪華で、歩いているだけで少し贅沢な気分を味わうことができた。

ガッレリアの天井
ガッレリアの天井

スフォルツェスコ城・Arco della Pace

ガッレリアを後にして、15世紀にスフォルツァ家の居城として築かれた要塞、スフォルツェスコ城へ向かった。1450年、傭兵隊長から公爵となったフランチェスコ・スフォルツァが14世紀のヴィスコンティ家の砦跡地に築いたもので、後の当主ルドヴィーコ・イル・モーロの時代にはレオナルド・ダ・ヴィンチも軍事・土木技師としてこの城に仕え、内部の「アッセの間」に木々の天井画を残したという。重厚な赤煉瓦の城の姿は歴史を感じさせる。その後、城の背後に広がるセンピオーネ公園を抜け、公園側から城を眺めながら歩みを進めた。すると視界に入ってきたのが凱旋門、Arco della Paceだ。1806年、ナポレオンの戦勝を記念して建設家ルイジ・カニョーラの設計で着工されたが、1814年のナポレオン失脚で工事は中断。1826年にオーストリア皇帝フランチェスコ1世の命により再開され、1838年、ウィーン会議による欧州の和平を記念する「平和の門」として完成した。頂上の6頭立て馬車像は、ナポレオン失脚を揶揄してハプスブルク家が馬の向きをフランス方向へ180度回転させたという逸話も残る。ドゥオーモからこの凱旋門へと至るコースは見どころが多く、非常に充実した時間を過ごせた。ミラノを訪れる人にはぜひ歩いてみてほしいルートだ。

スフォルツェスコ城
スフォルツェスコ城
センピオーネ公園
センピオーネ公園
凱旋門
凱旋門
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