長崎市散策の2日目は、前日に続いて快活クラブを出発点にした。この日は午前中にグラバー園を回ることを目的に、道中の中華街や坂道、大浦天主堂にも立ち寄った。
最初に見えてきたのが長崎新地中華街だった。ここは江戸時代中期の1702年、中国船の荷物を納める倉庫を建てるために海を埋め立てて造成された地区が起源で、横浜中華街、神戸南京町と並ぶ日本三大中華街の一つとされている。四方に立つ朱色の中華門(牌楼)は1986年に、中国福建省福州市から資材と職人を招いて建立されたものだという。私が通ったのは朝のかなり早い時間帯だったため、店はほとんど開いていなかった。食事や買い物を楽しむ時間ではなかったが、赤や緑で彩られた建物と、通りの上に掛かる装飾から、中華街らしい雰囲気は感じられた。

中華街を抜けて歩いていくと、オランダ坂が見えてきた。この周辺は坂道が多く、石造りの道や塀の間に洋風の街並みが続いている。実際に歩いてみると、平地の観光地を回る感覚とは違い、坂を上り下りしながら景色を見ていく場所だと分かる。古い石垣と舗装された坂道が並ぶ風景には、長崎の斜面市街地らしさがあった。

さらに進むと、グラバースカイロードという看板のある建物に着いた。グラバースカイロードは2003年に完成した斜行・垂直エレベーターで、本来は坂の多い斜面市街地に住む住民のための生活交通手段だが、観光客も無料で利用できる。私は特に調べずに訪れたので、斜めに進むエレベーターを無料で使える場所だと知った時は意外だった。こうした形式は非常に珍しく、思いがけないものに出会った感じがして気分が高揚した。最上階からは周囲の斜面や市街地を見渡すことができ、到着した場所はグラバー園の上の方にある門だった。

ただ、到着した時点ではまだグラバー園の開園時間前だったため、しばらく周囲を散歩した。グラバー園のすぐ横には大浦天主堂が建っている。パリ外国宣教会の神父らによって1864年に創建された、現存する日本最古の教会建築で、翌1865年には約250年にわたって信仰を守り続けてきた浦上の潜伏キリシタンが、プティジャン神父に信仰を告白した「信徒発見」の舞台になった。1933年には国宝指定を受けている。白くきれいな外観には風格があり、坂道の途中から見える姿も印象に残った。

開園時間になってからグラバー園に入った。グラバー園は1974年に開園した野外博物館で、幕末の開港後に長崎へ住んだスコットランド人商人トーマス・グラバーの旧邸を中心に、長崎市内に点在していた明治期の洋館を移築復元している。入口には石造りの階段が続き、門の周囲には木々や石垣が広がっていた。坂の多い園内だが、上の方へ進むまでにエスカレーターが整備されており、歩きやすさのためにかなり費用をかけている庭園だと感じた。

園内で特に眺めがよかったのは、旧三菱第2ドックハウスの2階部分からの景色だった。池と、その向こう側に見える川を一緒に見渡すことができ、長崎の街と水辺の広がりがよく分かった。この建物は1896年、三菱造船所の第2ドック建設時に造られた外国人乗組員用の宿舎で、1972年に現在地へ移築されたものだという。建物の前には円形の花壇が整えられ、石張りの広場と洋館の外観が落ち着いてまとまっていた。
池の先には長崎の港と山並みを望む景色が広がっていた。海沿いの市街地が山の斜面まで続いている様子を高い場所から見られるので、グラバー園は建物を見るだけでなく、長崎の地形を実感できる場所でもある。園内には色とりどりのランタンのような装飾が吊られている一角もあり、緑の多い庭園の中で目を引いた。ベンチの前には水の流れもあり、洋館や展望だけでなく、歩いている途中の景色にも変化があって飽きなかった。




午前中の散策を終えた後は、佐世保方面へ向かうため長崎駅に向かった。歴史的な建物や港の眺めを、坂道を歩きながら見て回りたい人に向いているコースだと思う。