2020年8月上旬、暑さの厳しい時期に、良質な温泉と海産物を楽しむため伊豆半島北西部を自転車で回った。伊豆の国市の弘法の湯を寝床にして温泉も味わい、伊豆の国市観光協会で借りたママチャリを使って、海と史跡をめぐる一日になった。
最初に海の方へ走り、淡島マリンパークなどで知られる淡島まで向かった。途中の道は自然が美しく、思っていたよりも早く到着した印象だった。海の中にぽつんと浮かぶ島は、遠くから見ると小さくまとまっているが、実際には緑があふれていた。淡島は沼津市内浦に浮かぶ無人島で、海底火山の火道が隆起・侵食されてできた火山岩頸という。沼津市の「ぬまづの宝100選」にも選ばれている場所で、海岸の建物や山の景色と合わせて眺めると、海上に独立した島が浮かぶ様子がよく分かった。

その後は時計回りになる形で伊豆の国市へ戻り、成願寺、国清寺、毘沙門堂へ向かった。成願寺では、屋根のある建物と石碑が並ぶ境内を歩いた。大きな石碑や整えられた植木が印象に残り、街中の道から少し入っただけで寺院らしい静けさに切り替わった。自転車をそばに置いて見学できたことも、この日の移動らしい場面だった。

国清寺は康安元年(1361年)に畠山国清が創建した臨済宗の古刹で、室町時代の関東十刹のひとつとされる。境内には「国清寺」と記された石碑があり、木々に囲まれた参道や建物をゆっくり見て回った。長い歴史を持つ寺だが、華やかな観光地というより、周囲の自然と一体になった落ち着いた場所という印象だった。

国清寺から山道を1km登った先にある毘沙門堂は、この日の中でも特に印象に残った。かなり坂を上ってたどり着いた先は森の中で、入口には鳥居と案内板があり、自転車を置いてさらに歩いて進んだ。苔むした階段や濃い木立に囲まれているため、平地の寺院とは空気が違い、少し神秘的に感じられた。堂内には守護神の毘沙門天が祀られている。僧・文覚にゆかりのある場所としても知られており、暑い日に自転車で登る負担はあったが、森の自然に包まれた環境まで含めて訪れる価値を感じた。

毘沙門堂の建物は、木立の中にひっそりと建っていた。正面には木の扉と小さな祭壇があり、軒下には腰掛けられる場所もある。観光施設として整然と見せるというより、山中で長く守られてきた堂という雰囲気が強く、坂道を上ってきた後に静かに立ち止まれる場所だった。

かなり自転車をこいだところでお腹が減ってきたため、蛭ヶ島茶屋に立ち寄った。ここではおにぎり、みそ田楽、草餅を食べて体力を回復した。木のテーブルに並んだおにぎりと田楽、温かいお茶を前にすると、暑い中を走ってきた実感があらためて出てきた。特別な食事というより、移動の途中で取る食事としてちょうどよく、次の見学に向かうための休憩になった。

蛭ヶ島茶屋のある蛭ヶ島公園には、蛭ヶ島の夫婦像が建っている。源頼朝と北条政子を表した像で、二人が寄り添って立つ姿から、この場所に伝わる歴史のつながりを感じた。源頼朝は平治の乱に敗れた後、伊豆の蛭ヶ小島に流され、そこで伊豆の豪族の娘である北条政子と出会ったとされる。蛭ヶ小島は現在、蛭ヶ島公園として整備されており、園内には頼朝と政子の像が置かれている。周囲は草地と木々が広がり、史跡を大げさに演出するというより、散歩の中で歴史を確かめられる公園だった。

次に向かった江川邸は、当時の日本で国防や西洋技術の導入に深く関わった歴史ある邸宅だった。国指定重要文化財の武家屋敷で、主屋は1600年頃の建築という。門から敷地に入ると、瓦屋根と黒い板塀に囲まれた空間が続き、外の暑さから少し離れた落ち着いた雰囲気があった。屋敷の内部には太い柱や梁が残り、土間を含む広い空間からは、現在の住宅とは異なる暮らしの形が伝わってきた。

36代当主の江川太郎左衛門英龍(坦庵)は名代官として知られ、沿岸測量、韮山反射炉やお台場の建設、日本初の洋式帆船建造、種痘の実施、パン製造など多大な業績を残した人物である。展示資料を見ながら、ひとつの屋敷を拠点に国防や技術、衛生、食文化まで幅広い分野に関わっていたことを知った。日本で初めてパンを焼いた「パン祖」ともいわれ、敷地内にはそれを示す記念碑もあった。観光客はほとんどおらず、説明や資料を急かされずに見学できた点は良かった。

江川英龍のパン製造に関する資料や、屋敷の歴史を伝える展示は、単に古い建物を見るだけでは分からない人物像を補っていた。屋敷の周囲には手入れされた庭と木々があり、門や塀、主屋を順に見ていくことで、武家屋敷としての構えと、近代化に関わった当主の活動を両方考えられる場所だった。



反射炉本体は、煉瓦の塔を鉄骨のような補強材が囲む特徴的な姿をしていた。近くで見ると、壁面の煉瓦や開口部、基礎の石積みなど細部にも目が向く。綺麗に整備された反射炉そのものに加え、当時の工業製品や鋳台も展示されており、大砲を鋳造するための施設だったことを具体的に想像できた。



反射炉の周囲には、小さな石橋や散策路もあり、施設を見学した後に歩いて回るのも楽しかった。橋の欄干には反射炉を思わせる形の飾りが並び、周囲の木々や庭の緑と近代史の遺構が隣り合っていた。最後に江川英龍像を見上げると、山と木々を背景にした史跡全体のまとまりが印象に残った。

