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ショタ・スプリングとモツァメタ修道院

カテゴリ:歴史・自然訪問時期:2026年8月8月の気候: 21.2〜31℃ / 降水 82.2mm(雨10.8日)関連スポット:Shota's SpringsMotsameta Monastery
ショタ・スプリングとモツァメタ修道院
モツァメタ修道院

クタイシ旧市街から東側へ向かう道沿いにあるショタ・スプリングと、その先のモツァメタ修道院を続けて訪れた。名水と、深い渓谷の景観に建つ歴史的な修道院を一度に見られる行程だった。

ショタ・スプリングは、ここだけを目当てに訪れる観光客はあまり多くないと思うが、私が立ち寄った時には地元の方が水を汲みに来ていた。私の場合は、このあとに向かうモツァメタ修道院への通り道だった。道路の左手には、石柱に「SHOTA’S SPRINGS」と記された看板が張られており、少なくとも地元では知られた場所なのだと思う。石柱の上部には人物の横顔を表したレリーフもあり、周囲の木々に囲まれた一角で存在感があった。

ショタ・スプリングの石柱
ショタ・スプリングの石柱

階段を下りると、半円状に整えられた場所の左手側に湧き水らしきものが見えてくる。正面から見ると水の勢いはそれほど強くないものの、石造りの壁に設けられた水口から透き通った水が流れ出ていた。実際に飲んでみると、すっきりしていて美味しい。市街地から車で5分程度で到着できるため、水を汲みに来る人がいるのも納得できた。

湧き水へ続く階段
湧き水へ続く階段
石壁の湧き水
石壁の湧き水
そこからタクシーで12分程度進むと、モツァメタ修道院の手前まで到着する。ただし修道院の目の前まではゲートで塞がれており、一般車両は入れない。線路沿いのゲートを横切って歩いていくと、木々に囲まれた石造りのアーチ門が現れた。日差しの下でも道の周囲は緑が濃く、石壁や木陰が続くため、修道院へ向かう道そのものにも趣がある。
線路沿いの進入ゲート
線路沿いの進入ゲート
木々に囲まれた石門
木々に囲まれた石門
少し進んだところには展望台があり、Uの字型に流れる川と、緑に覆われた山々を見渡せる。川は森の間を大きく曲がり、断崖のような地形と相まって印象的な景観をつくっていた。展望台のすぐそばには修道院の入り口も見える。
U字に流れる川と山々
U字に流れる川と山々

入り口は開いているように見えたが、そこは正規の入り口ではないらしく、いすが置かれていて入れなかった。そのため裏側へ回ることにした。石造りの小さな聖堂のような正面は、屋根の形や壁面の古びた質感がよく残っており、閉じられた入口越しにも長い時間の経過を感じる。

モツァメタ修道院
モツァメタ修道院
修道院への橋の入り口
修道院への橋の入り口
裏側から見る修道院も立派で、木々や花が植えられた中庭のような空間になっていた。入口は修道院の横側にある。モツァメタは「殉教者の地」を意味する。8世紀、アルグヴェティ地方の貴族兄弟ダヴィドとコンスタンティネがアラブ支配への反乱を起こしたが失敗し、捕らえられた二人はイスラム教への改宗を拒んだため、拷問の末に殺害され、遺体を川に投げ込まれた。この時に川が赤く染まったとされ、ツカルツィテラ(赤い水)川という名前の由来になっている。伝説では、二人の遺骸はライオンによって丘へ運ばれ、後にゲラティ修道院が建てられる場所に安置されたという。11世紀には王バグラト3世がこの地に聖堂を建立し、兄弟は正教会の聖人として列聖された。
花と木々のある修道院裏側
花と木々のある修道院裏側

中に入ると白を基調とした内装に光が差し込み、金色を背景にした宗教画が多く並べられていた。外観の古い石壁とは異なる明るさがあり、堂内の装飾を落ち着いて見ることができた。1923年にはボリシェヴィキの秘密警察が聖遺物をクタイシの博物館へ移送したが、市民の抗議によって速やかに修道院へ返還されたという逸話も残っている。

金色の宗教画が並ぶ堂内
金色の宗教画が並ぶ堂内

来た道を戻ると、塔には階段も付いていた。周囲の状況を確認する役割を担っていたのかと思わせる造りで、山の上に築かれた修道院らしい防衛性も感じられた。

階段付きの石造りの塔
階段付きの石造りの塔

修道院へ続く橋は木製ながらしっかりした構造で、帰り際にも安心感があった。姉妹的な存在であるゲラティ修道院とは異なり、モツァメタ修道院自体はUNESCO世界遺産には登録されていないが、長い歴史と断崖絶壁の景観を合わせて満足度の高い場所だった。今回はゲラティ修道院が修繕中だったため、次回はそこも併せて再訪したい。

屋根付きの木製橋
屋根付きの木製橋
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