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シビウ旧市街散策(シビウ大聖堂・うそつき橋ほか)

カテゴリ:街歩き訪問時期:2026年6月6月の気候: 14.8〜26.3℃ / 降水 88.7mm(雨10.4日)関連スポット:シビウ大聖堂うそつき橋大広場大工の塔分厚い塔・シビウ州立フィルハーモニー・タリアホール城壁「聖三位一体」正教会
シビウ旧市街散策(シビウ大聖堂・うそつき橋ほか)
シビウ大聖堂の外観

ブラショフからの列車でシビウに到着した際、駅を出ると大雨が降っていた。一時的なものだったのか、1時間後には雨もあがり、旧市街の散策を開始することができた。

シビウ大聖堂

最初に向かったのが、シビウという町のシンボルであるシビウ大聖堂だ。12世紀に遡るロマネスク様式の教会跡地に、14世紀から着工され1520年に完成した建物で、ハンガリー王ゲーザ2世の招きでこの地に移住したドイツ系(ザクセン人)入植者の歴史を今に伝える、ルーマニア福音主義(ルター派)の大聖堂だ。ゴシック様式の荘厳なたたずまいが印象的だった。街で最も高い、高さ73.34mの尖塔はトランシルヴァニア随一の高さといい、頂上の4つの小塔は中世当時「死刑執行権を持つ都市」であることを示す印だったという。教会前の広場には、19世紀のトランシルヴァニア史家で福音主義教会の主教も務めたゲオルク・ダニエル・トイチュの像が立っていた。

シビウ大聖堂の外観
シビウ大聖堂の外観

街を歩いていると、屋根裏部屋の換気窓が「まぶた」のような形状にデザインされた家屋が目に入った。通称「シビウの目」として知られるこの窓は、シビウ独特の様式のようだ。オレンジ色の屋根瓦と赤いトタン屋根が並ぶ街並みの中、街全体がこちらを眺めているような、不思議な景観を作り出しており、歩いているだけで独特の雰囲気を味わえる。

目のような形の窓
目のような形の窓

うそつき橋

大聖堂から北へ少し歩くと「うそつき橋」がある。1859年に建設された、ルーマニア初の鋳鉄橋とされるこの場所は、もう少し地味な見た目を想像していたが、実際には黒い鉄柵に金色の唐草模様が施された装飾的な造りで、家族連れや子供たちにも親しまれている様子だった。橋からは、階段の向こう側に広がる街の風景を見渡すことができる。「嘘をつくと橋が軋んで崩れる」という伝承や、逆に恋人たちが永遠の愛を誓った場所という逸話もあり、シビウを代表する観光名所としての一面を感じた。

実際のところ、橋の名前の由来は言葉遊びにあるとされ、支柱を使わずに宙に浮くような構造から「横たわる橋」を意味するドイツ語ライゲンブリュッケと呼ばれていたのが、発音の似た「嘘の橋」リューゲンブリュッケと混同されたことから生まれたのだという。1859年にドイツのヘッセン地方で製造され現地で組み立てられた鉄橋で、ルーマニア国内では最初期の鋳鉄橋の一つとされている。

装飾のあるうそつき橋
装飾のあるうそつき橋

大広場

続いて街の社交の中心である大広場へ向かった。14世紀の第三次城壁建設期に遡り、1411年の文書には既に穀物市場として記録が残る、シビウ最古の広場の一つだ。かつては公開処刑も行われていたというこの場所は、現在は市庁舎やブルケンタール宮殿などの歴史的建造物に囲まれ、このときはイベントの準備が行われていた。かなり大きめの広場なので、市井の人々にとって使い勝手がよい場所なのだろう。カフェやマーケットが並び、街の賑わいの中心となっている。

シビウは2007年に「欧州文化首都」に選出されたことでも知られ、その象徴的存在とされるのが大広場と小広場をつなぐ位置に建つ評議会の塔だという。12世紀に建てられたこの塔は、時代によって穀物倉庫や火災の見張り台としても使われてきたそうで、今では旧市街のシンボルとして数々のお土産や広告にも登場するのだという。塔からは旧市街全体を一望できるそうで、街のちょうど中心に立つこの塔を軸に、大広場・小広場・うそつき橋が扇状に広がっている構造もまた興味深く感じた。

大広場の歴史的建造物
大広場の歴史的建造物

大工の塔・分厚い塔

南側の城壁エリアに移動し、中世の防御塔である大工の塔を見学した。14〜15世紀に築かれた第三次城壁の一部で、かつて大工ギルドが防衛を担当していたことに由来するこの塔は、街の風景の中で現代と中世を繋ぐような役割を果たしているように思えた。近くには16世紀築の分厚い塔もあり、白い円筒形の堅牢な構えがうかがえる。1778年にはシビウ初の演劇公演がここで行われたと言われ、かつての防御施設が、現在はシビウ州立フィルハーモニー管弦楽団の本拠地となり、コンサートホールのタリア・ホールが併設されている点は、歴史的建造物の活用として興味深い。

シビウの城壁沿いには、かつて各職業ギルドが分担して防衛にあたっていた名残として、同様にギルド名を冠した塔がいくつも現存しているそうだ。防御という緊張感のある本来の役割から、コンサートホールという安らぎの場へと姿を変えた分厚い塔の歴史は、この街が積み重ねてきた時間の厚みを象徴しているように思えた。

分厚い塔の全景
分厚い塔の全景
大工の塔の周辺風景
大工の塔の周辺風景

城壁

城壁の南側には、中世の防御壁がずらりと残っている。かつては39の防御塔と5つの稜堡を備え、総延長約4kmに及ぶ城壁が街を囲んでいたといい、中でもこの南東部が最も保存状態がよいとされる区画だ。石畳の小道沿いにオレンジ色の壁がずらりと連なる様子は、塔や監視台とあわせて当時の防衛システムを今に伝える貴重な遺構だ。その外観を眺めるだけで、当時の歴史に思いを馳せることができる。

保存された城壁
保存された城壁

聖三位一体正教会

城壁エリアから市街地側へ戻る際、最後に聖三位一体正教会へ向かった。1857年、府主教アンドレイ・シャグナの発案により建設が構想され、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世自らも1000枚の金貨を寄進したという経緯を経て、1902年から1906年にかけて建てられた。イスタンブールのハギア・ソフィアを縮小して模したビザンツ様式の建築で、左右の塔が均整のとれた美しい建物であり、ルーマニア正教の大聖堂として正教徒コミュニティの中心となっている。福音主義大聖堂と対をなすこの教会を見学し、シビウが複数の宗教文化を残す多様性のある街だと実感した。中世の面影を残すクラシックでありながら、華やかさも併せ持つシビウの町は、歴史的な価値が今も色濃く残っており、静かな散策を楽しむには非常に良い場所だった。

聖三位一体正教会
聖三位一体正教会
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