旧市街のレストランとメテヒ教会
この日は温泉方面とトビリシ植物園を歩いて回る予定だった。距離が長くなりそうだったので、まずはSaxlis gemoで腹ごしらえをした。
レストランへ向かう途中、ジョージアの国旗が通りいっぱいに飾られた場所を通った。ジョージアでは国旗を飾っているところが比較的多いように感じる。注文したのは、船のような形をしたアチャルリ・ハチャプリとシュクメルリ。アチャルリはアジャリア地方の料理で、ハチャはチーズ、プリはパンという意味だとここで知った。濃厚なチーズに卵とバターが絡み、焼きたてのパンと一緒に食べると格別だった。シュクメルリは日本でも松屋の定食として販売され話題になった料理だが、本場のものは少しとろみが少なく、ニンニクがやや強めに感じた。それでもとてもおいしく、また食べたくなる味だった。ジョージア料理は何を食べてもおいしく、日本でももっと流行ればいいのにと思う。



教会のそばには、トビリシを創建したとされるワフタング・ゴルガサリ王の騎馬像がりりしく立っている。像は1958年に建てられたものだ。彼は5世紀のイベリア王で、狩りの際に鷹が追ったキジが温泉に落ちて助かったという伝説から、この地の温泉にちなみ街を築いたと伝えられている。ジョージア語で「トビリ」は「温かい」を意味する。教会と騎馬像は一体となって、この周辺の象徴のように見えた。ヨーロッパスクエア周辺には、ベルリンの壁を題材にしたモニュメントや、面白い形をした木、トラムを改造してバーにしたようなものもあり、散歩中に目を引くものが多かった。




アバノトゥバニの硫黄温泉
次に向かったSulphur Bathhouse №5は、この辺りで最も有名な温泉の一つだが、リーズナブルで地元民向けの浴場だった。周辺のアバノトゥバニ地区はトビリシ発祥の地とされ、地下から湧く天然の硫黄温泉が古くから公衆浴場として使われてきた。歴史学者の見解では、浴場が建設されたのはアラブ統治期の7〜8世紀と考えられている。最盛期には約68軒あった浴場が、度重なる侵略によって6軒ほどまで減ったという。温泉にはしっかり硫黄の匂いがあり、少し入っているだけでもよく温まり、旅の疲れが吹き飛んだ気がした。5月の気候にも合っていて、毎日通ってもいいと思うほどだった。日本のように質のよい温泉にリーズナブルな価格で入れる場所は世界では多くないので、ここは貴重だと思う。外に出るとドーム状の屋根が立ち並び、温泉街にいることを改めて実感した。


トビリシ植物園とジョージアの母
植物園へは、川沿いの道を歩いて向かった。水の流れを眺めながらの道は風情があり、歩いているだけで癒された。途中でワインアイスクリームを購入したが、ワインの味はそこまで強くなかった。それでも温泉の後に食べるアイスはよかった。トビリシ植物園はナリカラ要塞の丘の向こう側、レグフタケヴィ渓谷に位置している。渓谷の岩の地形や川、滝を生かした造りで、背の高い細長い木々の間を歩くとリラックスできるような気がした。橋や滝もあり、街中から短い移動で自然の中に入れる感覚がある。





