エルサレムをあとにして、テルアビブへはバスで向かった。すぐに到着し、テルアビブポート付近のホテルへ移動したが、テルアビブは全体的にホテルが高い印象だった。その中で、朝食バイキングがかなり充実しているホテルを選べたのは正解だったと思う。旅先では食事の栄養が偏りやすいため、足りなそうな栄養素をできるだけ補充し、これからの散策に向けて体調を整えた。
ホテルの朝食
最初に歩いたのは、ホテルから近いテルアビブポート周辺だった。歩道が整備されていて歩きやすく、海沿いのウッドデッキから水面を眺めていると、港町に来たという実感があった。Tel Aviv Port、通称Namalは、1936年にヤッファ港でのアラブ人蜂起をきっかけに建設されたテルアビブ初の港湾施設で、1965年に商業港として閉鎖された。その後、2000年代の再開発によって波形のウッドデッキを備えた大規模な商業・エンターテインメント地区として蘇り、現在は年間400万人以上が訪れるテルアビブ最大の観光地の一つになっている。歩いた時にも、海沿いの広い空間と周囲の人の多さから、単なる港ではなく街の中心的な場所になっていることが伝わった。
港沿いの木道
ポートの近くにあるT字型のMetzitzim Beachは多くの人でにぎわっていた。エルサレムの少し静粛とした雰囲気から移動してきたばかりだったので、ここでは港町らしい明るさを強く感じた。さらに南へ歩くと、ゴードン・ビーチなど2km以上にわたる白浜のビーチが続いている。青空の下で海沿いを歩くのはすがすがしく、砂浜には走っている人も多かった。これほどきれいな砂浜なら、毎日走りたくなるのも分かる気がする。海岸には色とりどりのパラソルやビーチチェアが並び、場所によってはかなり混み合っていた。一方で、ビーチの端まで来て振り返ると、青い海と白い砂浜の向こうに高層ビル群が見える。自然と都市が近接したこの景色は、テルアビブらしいコントラストとして印象に残った。
人でにぎわう砂浜
海辺の木製デッキ
砂浜には、逆立ちをしているように見える面白いモニュメントもあった。頭を下にして足を高く上げた人物の姿は、周囲の青空やヤシの木と組み合わさることで、海辺の開放的な雰囲気をいっそう強めていた。
逆立ちの海辺像
白砂のビーチ風景
海沿いの芝生には、イスラエルの国旗とヤシの木を背景に、赤と茶色の人物を立体的に表した屋外作品が置かれていた。街の公共空間にもこうした形でアートが取り入れられていることが分かる。港から南へ続く海岸線は、高層ビルを眺めながら歩ける一方、海沿いの道には車道も並んでいた。
国旗を背にした赤い人型オブジェ
海岸線と高層街
市街地に入ると、紙の船をモチーフにした装飾が通りの上から吊り下げられていた。建物や歩道がきれいに整備されていて、こうした飾りからもアートに力を入れている雰囲気が伝わる。少し進んだ先の路地には黄色く塗られた階段があり、白い石壁との対比が目を引いた。どこの店のものかは分からなかったが、魚と魚が向かい合っている石板もあった。イスラエルらしい青を基調にしたかわいらしい意匠で、歩いている途中に立ち止まって見たくなる小さな作品だった。ただ、市街地は階段や坂が多く、歩いているだけで足腰が鍛えられるようにも感じた。整った街並みを楽しめる反面、歩きやすい靴は必要だと思う。
通りに吊るされた紙船
黄色い階段の路地
青い魚の石板
Old Jaffaでは、Abrasha Parkの近くにある願いの橋を歩いた。橋の手すりには12星座を表す真鍮のプレートが飾られていて、自分の星座に触れながら海を見て願うと願いが叶うという、現代の伝承になっている。近くの地面には12星座を表す絵を配したモザイクもあり、星座を探しながら歩ける。願いの橋はAbrasha Park、旧称HaPisga GardenとKedumim Squareを結ぶ木製の橋で、実際に海側と公園側をつなぐ落ち着いた通路になっていた。公園内の高台からは海と街並みを見渡すことができ、遠くにはテルアビブの高層ビル群も見えた。公園の白いゲート状のモニュメントも印象的だった。これは彫刻家ダニエル・カフリが1973〜1975年にガリラヤ産の石で制作した「信仰の門」で、イサクの燔祭、ヤコブの梯子、エリコの戦いという三つの聖書の場面が刻まれている。
高台から見る海と街
願いの木製橋
十二星座のモザイク
信仰の門の彫刻
エイラットで出会った友人と食事をする約束があり、待ち合わせ場所にはヤッファ時計塔を指定した。石灰岩造りのThe Clock Towerは1900年に着工し、1903年に完成した塔で、オスマン帝国のスルタン、アブデュルハミト2世の在位25周年を記念して建てられた。建設はユダヤ人実業家ヨセフ・ベイ・モヤルの発案によるもので、ヤッファのユダヤ人、アラブ人、アルメニア人、マロン派という全コミュニティから寄付が集められたという。オスマン統治下のパレスチナに建てられた七つの時計塔の一つで、現在も旧市街の定番の待ち合わせ場所になっている。実際に車の行き交う広場の中央に立つ塔は見つけやすく、友人との集合にも向いていた。
ヤッファ時計塔
その後、友人とDr Shakshukaでフムスを食べた。私は普段、フムスをスーパーで購入するくらいで、レストランで食べたことはなかったが、今回の食事を通して、もっと早く店で食べておけばよかったと少し後悔するほどおいしかった。Dr Shakshukaは1991年にリビアのトリポリ出身のビノ・ガブソが開いたトリポリ料理のレストランで、ヤッファの蚤の市、Shuk HaPishpeshimの一角にある。店名にもなっているシャクシュカはトマトソースに卵を落として煮込んだ料理で、クスクスやシャワルマも人気だという。店内では古いランプや真鍮の鍋、パンなどが天井から吊り下げられており、雑多で古びた内装そのものも面白かった。友人と話しながら食事をするのに適していて、誰と一緒に行っても料理と雰囲気の両方を楽しめる場所だと感じた。
フムスとシャクシュカ
鍋が吊られた店内
食後は友人と周辺を散策し、互いの文化などについて語り合いながら過ごした。テルアビブは国際的な都市だけあって外国人にも住みやすそうで、英語がどこでも大体通じるのも旅人には楽だった。きれいな海と整った街並みがあるため自然に歩きたくなる街で、今回は行けなかった北のハイファ方面も、機会があれば訪れたいと思う。