市庁舎前広場
2026年7月、ウィーンの街並みを歩くため、まずは市庁舎前広場へ向かった。広場はイベント準備のために工事中ではあったが、ネオゴシック様式の市庁舎はまるでお城のように壮麗だった。尖塔の先端には街のシンボルである鉄の騎士像「ラートハウスマン」が立っている。この広場は季節ごとに表情を変え、夏には野外映画祭、冬にはクリスマスマーケットの会場として市民や観光客で賑わう場所だという。
この建物は1872年から1883年にかけて、建築家フリードリヒ・フォン・シュミットの設計で建てられたという。ケルン大聖堂の建築にも携わった人物というだけあって、フランドル地方の中世市庁舎を思わせるゴシック建築の精緻さが随所に感じられた。中央の尖塔は高さ約98mにも及び、完成当時は一時的に世界一高い建物だったというから驚きだ。約3000万個ものレンガと4万立方メートルを超える石材が使われたというその規模は、正面から見上げただけでも十分に伝わってきた。

国会議事堂
次に足を向けた国会議事堂は、ネオクラシック様式の非常に重厚な建物だった。ハプスブルク帝国が古代アテネの民主政に影響を受けて設計させたというだけあり、ギリシャ神殿を思わせる柱廊と、正面に据えられたパラス・アテナ像の噴水が印象的だ。歴史の重みを感じさせる威厳ある佇まいに、しばし足を止めて見入ってしまった。
この建物は1874年に着工し、1883年に完成したという。設計を手がけたのは建築家テオフィル・ハンゼンで、古代ギリシャの民主政に着想を得たというだけあって、まるで神殿のような佇まいだった。正面のパラス・アテナ像の噴水は、実は建物本体よりも遅れて1902年に完成したそうで、槍を持つアテナの足元にはドナウ川など帝国内の主要な4つの川を擬人化した像が並んでいるという。地元では「アテナが議事堂に背を向けている=議会に知恵が足りない」という冗談もささやかれているらしく、そんな話を聞くと少し親しみが湧いた。

美術史美術館
同じくマリア・テレジア広場に面した美術史美術館を訪れた。広場から見上げる重厚な建物は圧巻で、館内に足を踏み入れる前から期待が高まった。まず古代エジプトのコレクションを巡った。ファイアンス製のカバ像は、水生植物の文様が丹念に刻まれており、愛らしい姿に目を奪われた。また、黒と白の大理石でできたイシス像は非常に保存状態が良く、往時の色鮮やかな面影を今に伝えている。さらに古代バビロニアの展示室では、青と黄褐色の彩釉煉瓦で表現された獅子のレリーフが、当時の高度な技術を物語っていた。続く古代ローマの間では、皇帝の功績を記録した大型カメオ「ゲンマ・アウグステア」を鑑賞した。一帯は古代の工芸品が極めて充実しており、世界史の断片を辿るような深い充実感を覚えた。館内の天井を飾る壮麗なフレスコ画は歴史主義建築の格式を感じさせ、階段を上るたびに期待が高まった。絵画ギャラリーでは、ラファエロの「草原の聖母」やカラヴァッジョの「ロザリオの聖母」といった名画と対面した。特にブリューゲルの「バベルの塔」の精緻な描写や、フェルメールの「絵画芸術」が放つ圧倒的な質感表現には、思わず立ち尽くした。
この建物は建築家ゴットフリート・ゼンパーとカール・フォン・ハーゼナウアーの設計により1871年から20年をかけて建設され、1891年にフランツ・ヨーゼフ皇帝臨席のもと開館したという。広場の反対側に建つ自然史博物館とは双子のような姿をしており、二つの建物が並ぶ光景そのものがハプスブルク家の威光を物語っているように感じられた。大階段の壁画を手がけたのは若き日のグスタフ・クリムトだそうで、名画だけでなく建物自体も一つの美術品として鑑賞する価値があると知り、帰り際にもう一度天井を見上げてしまった。

ホーフブルク王宮
その後、ホーフブルク王宮へと向かった。ハプスブルク家が600年以上にわたり居城としてきた複合宮殿群であり、大統領官邸や博物館、国立図書館などが集まっている。中世からバロック、新古典と時代ごとに増改築が繰り返されたため、部分ごとに様式が異なる巨大な建築群である。実際に眺めてみると、その規模の大きさに反して意外にも建物の外観は質素な印象を受けた。その後ろには大きなドーム状の屋根を抱く威厳ある構造物も目に留まる。
この宮殿の起源は13世紀にまで遡り、以来ハプスブルク家が版図を広げるたびに増築を重ねてきたのだという。現在目にする質素な外観の部分は初期の中世の城塞に近い一角で、宮殿の奥へ進むとバロックや新古典様式の華やかな棟が現れるそうだ。今では新王宮部分に世界屈指のコレクションを誇る国立図書館や、スペイン式馬術学校なども入っており、見た目の落ち着きとは裏腹に、内側には600年分の増改築の記憶が幾重にも積み重なっていることを知った。

ヘルデンプラッツ
最後に訪れたのは、ホーフブルク王宮の一角を成すヘルデンプラッツである。広場を挟んで、カール大公とプリンツ・オイゲンの2体の巨大な騎馬像が力強く向かい合っており、英雄を称える空間として鮮烈な印象を残した。歴史的な建築と彫刻が共存するウィーンの旧市街は、古典芸術や歴史に関心のある人にとって、外すことのできない充実した散策路となるだろう。
この広場は近現代史においても重い意味を持つ場所で、1938年にはドイツによるオーストリア併合(アンシュルス)を宣言する演説が、まさにこの広場に面したホーフブルク新王宮のバルコニーから行われたという。今は多くの観光客や市民が行き交う穏やかな広場だが、そうした歴史を知ってから見上げる建物には、また違った重みが宿るように感じられた。
