バンコクのドンムアン空港からヤンゴンの空港へ移動し、2019年2月に市内を歩いた。ヤンゴンは歩道と車道がしっかり分かれている場所が多く、想像していたより歩きやすい街だった。市内中心部は観光名所が密集しているわけではないが、食事や鉄道、寺院、コロニアル建築を眺めながら歩くと、その土地の雰囲気がよく分かった。
地元のローカル食堂にも入りづらさはなく、米料理や麺料理を気軽に注文できた。どれも美味しかったように思う。あるときカフェでハンバーガーを頼むと、トロピカルバーガーという料理だったらしく、ハンバーガーとフライドポテト、ソースが整然と盛られた、思いのほかおしゃれなプレートが出てきた。ここまでおしゃれなハンバーガーを食べるのは、少し久しぶりだった。

滞在中に特に気に入ったのは、Nilar Biryaniのチキンビリヤニである。現地の感覚では価格は割と高いほうだと思うが、いつ行っても混んでいる人気店だった。皿に盛られたビリヤニに、ほろほろしたフライドチキンが組み合わされていて、この取り合わせがとてもよかった。

ヤンゴン中央駅
ヤンゴン中央駅にも足を運んだ。電車の車両の一部に日本製のものが使われていると聞き、駅舎まで来てみたところ、橋梁から下にカラフルな車両が何両も並んでいるのが見えた。ミャンマーは日本の中古鉄道車両の一大輸出先で、2003年以降、260両以上の中古気動車が渡っているという。JR東日本やJR東海から譲渡された車両が、塗装や車番表記を残したまま走っている。

ホームまで下りると、車両には「JR」の文字や日本語の表記が残っていた。車内には日本語のステッカーがそのまま残っていることも多いそうで、この国で車両が大いに有効活用されていることに感慨深さを覚えた。日本の無償資金協力による駅構内の信号設備整備に関連して、日の丸のステッカーが車両だけでなく、信号機やポイントの転轍てこにまで貼られているという話も興味深かった。

駅近くの売店には、ソフトクリームとカタカナで書かれた暖簾があった。日本の旅行者は、当時そこまで多くミャンマーを訪れていないと思う。それでも、こうした日本語の表示を見ると、日本に対してよい印象を持っていただいているのではないかと感じた。

シュエダゴン・パゴダ
ヤンゴン最大の観光地は、市内中心部から北へ少し行ったところにあるシュエダゴン・パゴダだと思う。バスでたどり着くと、青空の下に均整の取れた黄金のパゴダが見えた。最初に目に入ったのは副塔らしいが、それでも十分に見ごたえがある。シュエダゴン・パゴダは高さ約99〜100メートルの黄金の仏塔を中心に、60余りの小さな仏塔や廟が境内に林立している。「シュエ」は金、「ダゴン」はヤンゴンの古い名前を意味する。伝説では、約2500年前に仏陀と出会った商人の兄弟が譲り受けた8本の聖髪を納めたのが始まりとされ、その後の修復と寄進によって現在の規模になったという。

一方、本塔は訪れた時期に修繕中で、木製の足場のようなものに全面的に覆われていた。黄金の本来の姿を見られなかったのは少し残念だったが、周囲の小塔や礼拝堂だけでも境内を歩く楽しさは十分にあった。

境内の見どころと夜のライトアップ
建物の内部には、僧侶姿の像が仏像を指さし、参拝者に案内しているように見える場所があった。ミャンマーでは、このように像の動きが分かるような展示方法が多かったように思う。寝大仏の前では僧侶たちが礼拝しており、観光地であると同時に、今も信仰の場として使われていることが伝わってきた。






パゴダ以外の建築物
ヤンゴンではパゴダ以外の建築物も楽しめた。赤と白を基調とした教会は、尖塔の上に飛行機雲がかかり、周囲の木々や空との組み合わせが印象に残った。

最高裁判所などの近代的なレトロ建築も見応えがあった。ヤンゴン旧最高裁判所は1911年完成のイギリス統治時代のコロニアル建築で、首都がネーピードーへ移転するまでの約100年間、最高裁判所として使われ続けたという。時計台を備えた煉瓦造りの重厚な外観で、周辺には市庁舎や中央郵便局など同時代の建物も集まっている。

今回はそれほど多くの地域を回ったわけではないが、池や川、湖、そして海があり、自然にあふれる都市だと感じた。これからさらに発展して、よりよい形になっていくのではないかと思うので、少し間を空けて再訪したい。